第1章 年〜年

ヤマダホールディングス:山田昇氏のヤマダ電化サービス創業とテックランド本店

1973年〜前橋の街の電気屋ヤマダ電化サービスと、混売店で開いた前橋南店

山田昇氏は1973年4月、群馬県前橋市でヤマダ電化サービスを個人で創業した。1974年5月、有限会社ヤマダ電機の設立による個人の店の法人化。創業期の店は、特定のメーカーの製品を扱う系列の電気店として営業していた。山田昇氏は2000年の取材で、その系列の親メーカーを業界首位のメーカーと説明した。2025年6月提出の有価証券報告書も、山田昇氏の個人創業を沿革の最初の行に置いた。首位メーカーの系列に加われば小さな資本でも仕入れと品ぞろえを確保できるため、山田昇氏は系列店として出発する方法を選んだとみられる。

  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
    • [2]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
    • [5]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
    • [3]山田昇氏は系列メーカー専売から混売店へ移行したと回想、系列はトップメーカー
    • [4]山田昇氏は系列メーカー専売から混売店へ移行したと回想、系列はトップメーカー

その後の、系列メーカー以外の製品も並べる混売店への転換。移行の過程で系列メーカーは取引のあらゆる面から店を締め出し、他のメーカーも首位メーカーの施策にならった。仕入れ条件の不利を抱えたまま経営を続けるなかで、山田昇氏は値段を下げれば売れると知り、安売りに活路を求めたと回想した。1983年9月には株式会社ヤマダ電機を設立し、前橋南店を開設してチェーンの本格展開を始めた。2000年の上場時の会社紹介も、実質上の設立日をこの1983年9月1日に置いた。系列の後ろ盾を失ったので、価格を競争の焦点に据えた多店舗化へ向かう以外の選択肢は狭まっていたのだろう。

  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
    • [6]混売店への移行過程で系列メーカーから全面的に排除され、他メーカーも追随、仕入れ条件の不利が続いた
    • [7]混売店への移行過程で系列メーカーから全面的に排除され、他メーカーも追随、仕入れ条件の不利が続いた
  • 日経MJ 2015年5月号(山田昇氏の回想)
    • [8]山田昇氏は安くすれば売れると知り安売りに活路を見いだしたと回想
  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [9]1983年9月株式会社ヤマダ電機設立、前橋南店開設、本格的チェーン展開開始
  • 証券 52(11) 2000年11月号
    • [10]設立年月日 昭和53年6月1日(実質上昭和58年9月1日)
参考文献[1]-[10]
  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
    • [2]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
    • [5]1973年4月山田昇が前橋市でヤマダ電化サービスを個人創業、1974年5月有限会社ヤマダ電機設立
    • [9]1983年9月株式会社ヤマダ電機設立、前橋南店開設、本格的チェーン展開開始
  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
    • [3]山田昇氏は系列メーカー専売から混売店へ移行したと回想、系列はトップメーカー
    • [4]山田昇氏は系列メーカー専売から混売店へ移行したと回想、系列はトップメーカー
    • [6]混売店への移行過程で系列メーカーから全面的に排除され、他メーカーも追随、仕入れ条件の不利が続いた
    • [7]混売店への移行過程で系列メーカーから全面的に排除され、他メーカーも追随、仕入れ条件の不利が続いた
  • 日経MJ 2015年5月号(山田昇氏の回想)
    • [8]山田昇氏は安くすれば売れると知り安売りに活路を見いだしたと回想
  • 証券 52(11) 2000年11月号
    • [10]設立年月日 昭和53年6月1日(実質上昭和58年9月1日)

1984年〜前橋の流通センターと、佐久のFC1号店からテックランド本店へ

ヤマダ電機は1984年3月、前橋市朝倉町に流通センターを開設し、物流部門の強化と効率化を図った。山田昇氏は2000年の取材で、自前の物流センターはメーカーの流通網を否定する改革で、賛成は見込めなかったと説明した。それでも、やり遂げなければ店が生き残れないと考えたと振り返っている。取引は応じるメーカーから順に積み上げ、現在の仕組みに至ったという。1985年4月には県外出店の1号として埼玉県深谷市に深谷店を開設し、多店舗化に合わせて流通センターを増築した。メーカーの配送に依存しない物流を持ったことが、系列から外れた不利を店数の拡大で補う前提になったと推察される。

  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1984年3月前橋市朝倉町に流通センター開設、1985年4月深谷店開設と流通センター増築
    • [15]1984年3月前橋市朝倉町に流通センター開設、1985年4月深谷店開設と流通センター増築
  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
    • [12]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった
    • [13]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった
    • [14]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった

1986年5月、全店へのPOSシステムと大型汎用コンピュータの導入。財務情報と顧客情報をその場で集めることが導入の目的だった。1986年7月には長野県佐久市にフランチャイズの1号店を出店し、以後FCチェーンの展開を進めた。FC店は1991年2月にフランチャイジーが解散し、10店舗が直営に移った。2000年の上場時の会社紹介は、徹底したシステム化によるローコスト経営を、価格と品ぞろえとサービスの差別化の基盤に挙げた。流通センターとPOSで仕入れと販売の情報を本部に集めたので、加盟店にも同じ品ぞろえと値段を届けられると見てFCに着手したと思われる。

  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [16]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [17]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [18]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [19]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
  • 証券 52(11) 2000年11月号
    • [20]徹底したシステム化によるローコスト経営で価格・品揃え・サービスの差別化に取り組む

ヤマダ電機は1987年12月、前橋市日吉町に本社ビルを完工し、本社を移した。同じビルの1階には大型総合家電店の核店舗の1号としてテックランド本店を開設し、核店舗戦略の展開を始めた。これに先立つ1987年5月には、株式の額面を変更するため、休業状態にあった会社が旧ヤマダ電機を吸収合併して営業の全部を引き継いだ。山田昇氏は2000年に、前橋に建てたパソコン専門館へ赤字が続いても人材の育成とノウハウの蓄積のため先行投資したと説明した。専門館の建設は2000年から10年以上前にさかのぼり、2000年時点でパソコンなど情報関連機器は全売上高の39%を占めた。大型の核店舗と額面の変更を1987年にそろえたことが、1989年3月の店頭登録と大型店の多店舗展開へ進む足場になったと考えられる。

  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
    • [22]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
    • [23]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [24]山田社長は10年以上前に前橋にパソコン専門館を建て、赤字続きでも人材育成とノウハウ蓄積のため先行投資と発言。情報関連機器は全売上高の39%
    • [25]山田社長は10年以上前に前橋にパソコン専門館を建て、赤字続きでも人材育成とノウハウ蓄積のため先行投資と発言。情報関連機器は全売上高の39%
参考文献[11]-[25]
  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1984年3月前橋市朝倉町に流通センター開設、1985年4月深谷店開設と流通センター増築
    • [15]1984年3月前橋市朝倉町に流通センター開設、1985年4月深谷店開設と流通センター増築
    • [16]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [17]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [18]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [19]1986年5月全店POSと大型汎用コンピュータ導入、1986年7月FC1号店を佐久市に出店、1991年2月FC10店を直営化
    • [21]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
    • [22]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
    • [23]1987年12月本社ビル完工・本社移転、1階にテックランド本店開設し核店舗戦略開始。1987年5月21日額面変更のため吸収合併
  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
    • [12]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった
    • [13]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった
    • [14]自前の物流センターはメーカーの仕組みを否定する改革でメーカーは賛成しないが、やり遂げないと生きていけなかった
  • 証券 52(11) 2000年11月号
    • [20]徹底したシステム化によるローコスト経営で価格・品揃え・サービスの差別化に取り組む
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [24]山田社長は10年以上前に前橋にパソコン専門館を建て、赤字続きでも人材育成とノウハウ蓄積のため先行投資と発言。情報関連機器は全売上高の39%
    • [25]山田社長は10年以上前に前橋にパソコン専門館を建て、赤字続きでも人材育成とノウハウ蓄積のため先行投資と発言。情報関連機器は全売上高の39%

出典・参考

5件
出典・参考
  • ヤマダホールディングス 有価証券報告書 第48期(2025年3月期)【沿革】
  • 日経情報ストラテジー 2000年12月号(山田昇氏インタビュー)
  • 証券 52(11) 2000年11月号
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
  • 日経MJ 2015年5月号(山田昇氏の回想)

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