第1章 年〜年

NSD:日本システムディベロップメントの設立と東証一部上場

1969年〜資本金3000万円で大阪に興したソフト専業と、東京2本社・湘南の別会社

1969年4月、日本システムディベロップメントは資本金3,000万円で大阪市東区に発足した。手がけたのはソフトウエア開発、コンピュータ室の運営管理、データエントリーの3業務である。1988年に社長を務めた大東清成氏はコンピュータに30年以上携わり、その価格構成の移り変わりを見てきた。初期の計算機は価格の大部分をハードウェアが占め、ソフトウェアの比重はごく小さかった。1988年にはこの比率が完全に逆転し、ソフトウェアは規模と複雑さを増していた。事業の中心は顧客の業務に合わせたアプリケーションの受託開発に置き、消耗品やハードウェアの販売はほとんど手がけなかった。機械の値下がりで価値がソフトへ移ると読み、開発を専業とする会社として興したとみられる。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [1]1969年4月 大阪市東区に資本金30,000千円で設立。ソフトウエア開発・コンピュータ室運営管理・データエントリー業務を開始
    • [2]1969年4月 大阪市東区に資本金30,000千円で設立。ソフトウエア開発・コンピュータ室運営管理・データエントリー業務を開始
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [3]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [4]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [5]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [6]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明

1970年4月、日本システムディベロップメントは東京都港区に東京営業所を置いた。1971年9月に渋谷区へ移り、1974年5月には営業所を東京支社へ格上げした。1980年8月の新宿区への移転を経て、1981年5月に大阪と東京の2本社制へ移行。1988年までに開発したソフトには、大手都市銀行のオンラインシステムやホテル、新幹線の座席予約の仕組みがあった。東京には1台10億円ほどの大型コンピュータを2台据え、時間貸しをせず全量をソフト開発に充てた。東京本社の拡張では新しいビルの2フロアを借り、約2億円を投じている。大口の計算機ユーザーが本社を構える東京で受注を広げるため、営業拠点を本社の格まで引き上げたのだろう。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [7]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
    • [8]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
    • [9]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [10]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円
    • [11]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円
    • [12]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円

1973年5月、日本システムディベロップメントは子会社の湘南情報サービスを設立した。設立の目的はソフトウエア開発部門とデータエントリー部門の強化で、この会社はのちにNSDソフトウェアへ商号を改めた。受託の現場では人手が追いつかず、1988年時点でも顧客の依頼を断ることがたびたびあった。経験の浅い人員を一度に増やしても、ソフト開発の戦力にはならなかった。そこで受けた仕事のノウハウを社内に蓄え、ホテルや病院の案件で得た知見を次の受注の幅につなげる方針を採った。本体とは別の会社で開発と入力の人手を育て、グループ全体で受託の量をこなす体制を早くから組んだと推察される。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [13]1973年5月 ソフトウエア開発及びデータエントリー部門の強化を目的に湘南情報サービスを設立(のちNSDソフトウェアに商号変更)
    • [14]1973年5月 ソフトウエア開発及びデータエントリー部門の強化を目的に湘南情報サービスを設立(のちNSDソフトウェアに商号変更)
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [15]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした
    • [16]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした
    • [17]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした
参考文献[1]-[17]
  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [1]1969年4月 大阪市東区に資本金30,000千円で設立。ソフトウエア開発・コンピュータ室運営管理・データエントリー業務を開始
    • [2]1969年4月 大阪市東区に資本金30,000千円で設立。ソフトウエア開発・コンピュータ室運営管理・データエントリー業務を開始
    • [7]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
    • [8]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
    • [9]1970年4月港区に東京営業所、1971年9月渋谷区へ移転、1974年5月東京支社に昇格、1980年8月新宿区へ移転、1981年5月大阪・東京2本社制
    • [13]1973年5月 ソフトウエア開発及びデータエントリー部門の強化を目的に湘南情報サービスを設立(のちNSDソフトウェアに商号変更)
    • [14]1973年5月 ソフトウエア開発及びデータエントリー部門の強化を目的に湘南情報サービスを設立(のちNSDソフトウェアに商号変更)
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [3]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [4]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [5]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [6]1988年12月の講演で大東清成社長がコンピュータ歴30年以上、ハード偏重からソフトへ価格構成が逆転、受託アプリ開発中心でハード・消耗品販売はほぼ無しと説明
    • [10]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円
    • [11]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円
    • [12]1988年時点の開発実績に大手都銀オンライン・ホテル・新幹線座席予約。東京に1台約10億円の大型機2台をソフト開発専用で設置、東京本社拡張で2フロア約2億円
    • [15]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした
    • [16]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした
    • [17]1988年時点で人手不足のため受注を断ることがある。人員を一挙に増やしても役立たず経験が要る。受託のノウハウ蓄積を方針とした

1986年〜マンパワーのタイムス買収と、年350名の採用を支えた大証2部上場

1986年7月、日本システムディベロップメントは日本テクニカルサービスを設立し、マンパワーサービスに参入した。1987年5月には同業のタイムスを買収し、1989年6月に日本テクニカルサービスと合併させた。1988年時点の従業員は1,800名で、勤続10年以上の社員はその15%にとどまっていた。大規模な開発では、全体を見渡す熟練者を頂点に置くピラミッド型のチームをいくつも組んで開発を進めた。本体の仕事の80%は受託によるアプリケーションソフトの開発で占め、要員を出す人材派遣とは一線を画した。派遣の機能を本体から切り分けて子会社に置き、開発の現場を支える人手の供給源にしたと考えられる。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [18]1986年7月 日本テクニカルサービス設立でマンパワーサービスに進出、1987年5月 タイムス買収、1989年6月 両社合併
    • [19]1986年7月 日本テクニカルサービス設立でマンパワーサービスに進出、1987年5月 タイムス買収、1989年6月 両社合併
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [20]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明
    • [21]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明
    • [22]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明

1988年11月、日本システムディベロップメントは大阪証券取引所市場第二部に上場した。直前の1988年3月期は売上高133億2,000万円、経常利益10億1,700万円だった。直近5年の経常利益の平均伸び率は32.4%に達し、創業以来の黒字が続いた。当時の通産省は、20世紀末にソフトウェア技術者が97万人不足すると予測した。グループ全体で毎年350名程度を採り、システムエンジニアを中心に人材を育てた。中間期に毎年欠損を出していた損益の偏りも、上場を機に改めて1988年の中間期は黒字を確保。数百名規模の採用を続けるうえで、上場で得る知名度と資金が欠かせなかったと思われる。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [23]1988年11月 大阪証券取引所市場第二部に上場
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [24]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [25]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [26]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [27]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [28]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化

1991年2月、日本システムディベロップメントは通商産業省からシステムインテグレータの認定を受けた。得意業種を問われた1988年の講演で、大東清成氏は『強いていえば、金融関係が割と強い方であろう』と答えている。大手都市銀行のオンライン業務では1件に200〜300名の開発要員が要り、規模のあるソフト会社ほど受注で優位に立った。1998年9月に大阪証券取引所市場第一部銘柄の指定を受け、1999年11月には東京証券取引所市場第一部へ上場した。ソフトウェアプロダクトを除く業種別の売上構成で、金融の比率は1998年度の30.3%から2002年度には42.0%へ高まった。銀行の大型案件を担える規模と格を、認定と上場で整えた10年だったといえる。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [29]1991年2月 通商産業省からシステムインテグレータ認定、1998年9月 大証一部指定、1999年11月 東証一部上場
    • [32]1991年2月 通商産業省からシステムインテグレータ認定、1998年9月 大証一部指定、1999年11月 東証一部上場
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [30]1988年の講演で得意業種は特に無いが金融関係が割と強いと回答。大手都銀オンラインは200〜300名の要員が必要で一定規模以上の会社が有利
    • [31]1988年の講演で得意業種は特に無いが金融関係が割と強いと回答。大手都銀オンラインは200〜300名の要員が必要で一定規模以上の会社が有利
  • 日本システムディベロップメント BUSINESS REPORT 2002
    • [33]業種別売上構成(ソフトウェアプロダクト除く)で金融は1998年30.3%、2002年42.0%
参考文献[18]-[33]
  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [18]1986年7月 日本テクニカルサービス設立でマンパワーサービスに進出、1987年5月 タイムス買収、1989年6月 両社合併
    • [19]1986年7月 日本テクニカルサービス設立でマンパワーサービスに進出、1987年5月 タイムス買収、1989年6月 両社合併
    • [23]1988年11月 大阪証券取引所市場第二部に上場
    • [29]1991年2月 通商産業省からシステムインテグレータ認定、1998年9月 大証一部指定、1999年11月 東証一部上場
    • [32]1991年2月 通商産業省からシステムインテグレータ認定、1998年9月 大証一部指定、1999年11月 東証一部上場
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
    • [20]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明
    • [21]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明
    • [22]1988年時点の従業員1,800名、勤続10年以上15%。ピラミッド型チーム編成。受託アプリ開発が80%、人材派遣会社とは本質的に異なるとの説明
    • [24]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [25]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [26]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [27]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [28]1988年3月期 売上高133億2,000万円・経常利益10億1,700万円、5年間の経常利益平均伸び率32.4%、創業以来無赤字、グループで年350名程度採用、上場を機に中間期を黒字化
    • [30]1988年の講演で得意業種は特に無いが金融関係が割と強いと回答。大手都銀オンラインは200〜300名の要員が必要で一定規模以上の会社が有利
    • [31]1988年の講演で得意業種は特に無いが金融関係が割と強いと回答。大手都銀オンラインは200〜300名の要員が必要で一定規模以上の会社が有利
  • 日本システムディベロップメント BUSINESS REPORT 2002
    • [33]業種別売上構成(ソフトウェアプロダクト除く)で金融は1998年30.3%、2002年42.0%

2000年〜FSKなど計算センターの買収と、冲中一郎氏の社長就任

2001年4月、日本システムディベロップメントは米国カリフォルニア州にNSD AMERICAを設立した。翌5月にはコンピュータ室運営管理部門をエヌ・エス・ディシステムサービスとして分離独立させた。同じ月に日本産業システムを買収し、福島総合計算センターにも資本参加して、12月には日本インターワールドを傘下に収めた。2001年5月には、事業規模の拡大と競争力の強化に向けて国内外でM&Aを積極的に進める方針を示していた。重点はシステムインテグレーション、アウトソーシング、システム機器販売の3分野への経営資源の集中である。運用・保守を含むアウトソーシングには、長年培ったセンター運営のノウハウを充てた。開発の後に続く運用まで請け、案件ごとに途切れにくい収入を積み上げる狙いがあったと読める。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [34]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
    • [35]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
    • [36]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
  • 日本システムディベロップメント 平成13年3月期 決算短信(連結)2001年5月21日
    • [37]経営方針で事業規模拡大と競争力強化のため国内外のM&Aを積極展開。SI・アウトソーシング・システム機器販売に経営資源を集中
    • [38]経営方針で事業規模拡大と競争力強化のため国内外のM&Aを積極展開。SI・アウトソーシング・システム機器販売に経営資源を集中
  • 日本システムディベロップメント BUSINESS REPORT 2002
    • [39]運用・保守を含むアウトソーシングに積極的に受注活動、センター運営ノウハウをアウトソーシングに活用

2004年3月、社長の小岸勲氏が率いる日本システムディベロップメントは新日鉄ソリューションズと業務提携した。背景には、システム開発の大型化と構成の複雑化、開発期間の短縮を求める顧客の要請があった。両社はともに独立系のシステムインテグレーターで、従業員は合わせて7,500名にのぼった。大規模プロジェクトを軸に協業し、高度化する顧客の要望に応える力を補った。同じ年度の上半期には不採算案件が生じ、2004年3月期の売上高と営業利益は前年を下回った。2005年4月にはNSDソフトウェア、NSD西日本、エヌ・エス・ディ九州の3社を本体に吸収合併した。他社の手を借りて大型案件の受け手を固め、分散した開発子会社を本体に寄せたことになる。

  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [40]2004年3月 新日鉄ソリューションズと業務提携、2005年4月 NSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併
    • [46]2004年3月 新日鉄ソリューションズと業務提携、2005年4月 NSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併
  • 日本システムディベロップメント 2004 Business Report
    • [41]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [42]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [43]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [44]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [45]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
  • 日本システムディベロップメント 平成18年3月期 決算短信(連結)2006年5月10日
    • [47]平成17年4月1日付でNSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併

2005年12月、日本システムディベロップメントは日鐵物流からシステム子会社3社の全株式を取得した。3社は2006年4月1日付で本体に吸収合併すると決め、中核のソフトウエア開発事業の集約と経営資源の一元化を図った。プロジェクトマネジメントの強化で低採算案件が激減し、2006年3月期の連結営業利益は6,323百万円と前期比49.5%増えた。情報サービス事業の売上は金融業界向けを含む大半の業種で前期を超えた。2004年6月に専務取締役だった冲中一郎氏は、2006年5月までに小岸勲氏から社長職を引き継いだ。2006年12月には本社を東京に一元化した。開発の集約と首脳の交代を終え、社名の改称と米国法人の設立へ進む下地が整ったとみてよい。

  • 日本システムディベロップメント 平成18年3月期 決算短信(連結)2006年5月10日
    • [48]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [49]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [50]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [51]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [53]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
  • 日本システムディベロップメント 2004 Business Report
    • [52]2004年6月29日現在 代表取締役社長 小岸勲、専務取締役 冲中一郎
  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [54]2006年12月 本社を東京本社に一元化
参考文献[34]-[54]
  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
    • [34]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
    • [35]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
    • [36]2001年4月 NSD AMERICA設立、5月 コンピュータ室運営管理部門を分離しエヌ・エス・ディシステムサービス設立、日本産業システム買収、福島総合計算センターに資本参加、12月 日本インターワールド買収
    • [40]2004年3月 新日鉄ソリューションズと業務提携、2005年4月 NSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併
    • [46]2004年3月 新日鉄ソリューションズと業務提携、2005年4月 NSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併
    • [54]2006年12月 本社を東京本社に一元化
  • 日本システムディベロップメント 平成13年3月期 決算短信(連結)2001年5月21日
    • [37]経営方針で事業規模拡大と競争力強化のため国内外のM&Aを積極展開。SI・アウトソーシング・システム機器販売に経営資源を集中
    • [38]経営方針で事業規模拡大と競争力強化のため国内外のM&Aを積極展開。SI・アウトソーシング・システム機器販売に経営資源を集中
  • 日本システムディベロップメント BUSINESS REPORT 2002
    • [39]運用・保守を含むアウトソーシングに積極的に受注活動、センター運営ノウハウをアウトソーシングに活用
  • 日本システムディベロップメント 2004 Business Report
    • [41]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [42]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [43]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [44]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [45]社長は小岸勲。提携の背景は開発の大型化・複雑化・短工期化への対応、両社とも独立系SIerで計7,500名、大規模プロジェクト中心に協業。上半期の不採算案件で売上・営業利益が前年割れ
    • [52]2004年6月29日現在 代表取締役社長 小岸勲、専務取締役 冲中一郎
  • 日本システムディベロップメント 平成18年3月期 決算短信(連結)2006年5月10日
    • [47]平成17年4月1日付でNSDソフトウェア・NSD西日本・エヌ・エス・ディ九州の3社を吸収合併
    • [48]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [49]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [50]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [51]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る
    • [53]2005年12月1日 日鐵物流のシステム子会社3社の全株式を取得、2006年4月1日付で吸収合併を決議。ソフトウエア開発事業の集約・経営資源の一元化。PM強化で低採算案件が激減。2006年3月期連結営業利益6,323百万円(前期比49.5%増)。代表取締役社長 冲中一郎。情報サービス事業で金融業界向けなどほとんどの業界向け売上高が前年を上回る

1969年〜2008年の業績

決算期 区分 売上高 営業利益経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円 億円
1969年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1970年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1971年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1972年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1973年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1974年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1975年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1976年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1977年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1978年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1979年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1980年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1981年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1982年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1983年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1984年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1985年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1986年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1987年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1988年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1989年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1990年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1991年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1992年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1993年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1994年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1995年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1996年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1997年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1998年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1999年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a NSD AMERICAを設立(2001/04)
2003年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2004年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2005年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2006年03月期 連結 391 n/a 63 16.1% 64 34 n/a
2007年03月期 連結 415 +6.1% 76 18.3% 78 49 n/a
2008年03月期 連結 437 +5.3% 87 19.9% 89 55 n/a

出典・参考

6件
出典・参考
  • 日本システムディベロップメント 平成13年3月期 決算短信(連結)2001年5月21日
  • 日本システムディベロップメント 平成18年3月期 決算短信(連結)2006年5月10日
  • 有価証券報告書 第39期(2008年3月期)沿革
  • 証券アナリストジャーナル 27(1) 1989年 大東清成
  • 日本システムディベロップメント BUSINESS REPORT 2002
  • 日本システムディベロップメント 2004 Business Report

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