AZ-COM丸和ホールディングス:丸和運輸機関の設立と小売特化型3PLへの転換
1973年〜和佐見勝氏の青果店の挫折と中古トラック1台での開業
和佐見勝氏は1945年5月に埼玉県で生まれ、母の長期入院で進学を断念して東京・日本橋の青果店に勤めた。19歳7か月で千葉県習志野に自前の青果店を構え、従業員7名・年商2億円以上の規模まで育てた。ところが知人の負債の保証人となって店も土地も失い、残ったのは600万円の借金と中古トラック1台。和佐見勝氏はこの1台で早く収入を得る道として運送業を選んだ。ある工場で出入りする運送業者の粗い応対を目にし、『"商人道"に則った真心からのサービスを運送業務にプラスすれば、他社よりも秀でることができる!』と考えたことが出発点となった。青果の小売で身につけた接客を持ち込めば同業者との差になると見込んだのだろう。
- 近代中小企業 1993年4月号
- [1]1945年5月埼玉県生まれ、母の入院で進学を断念し日本橋の丸日青果㈱八百正に就職
- 近代中小企業 1993年3月号
- [2]19歳で習志野に青果店(従業員7名・年商2億円以上)、知人の借金の保証人となり全財産を失い借金600万円と中古トラック1台が残る
- [3]19歳で習志野に青果店(従業員7名・年商2億円以上)、知人の借金の保証人となり全財産を失い借金600万円と中古トラック1台が残る
- 近代中小企業 1995年6月号
- [4]残ったトラック1台で稼ぐため運送業に入った
- 近代中小企業 1993年7月号
- [5]運送業者のマナーの悪さを見て、商人道に則ったサービスで他社に秀でられると考えたのが原点
最初の荷主は埼玉県の製缶会社で、1か月の売上が青果店の1日分にも届かなかった。和佐見勝氏は運送に付加価値を足す必要を感じ、次の荷主の段ボールメーカーでは構内の清掃や力仕事を引き受け、納入先の注文まで取り次いだ。車両は1年足らずで15台になり、5年で50台という目標を2年で達成した。取引額の大きい段ボールメーカーにも売上を寄せすぎないよう荷主を分けており、そのメーカーが倒産した際も損失は小さく済んだ。創業3年目の1973年8月、吉川町での有限会社丸和運輸機関の設立。50台に満たない頃に大手電機メーカーから1日300台の手配を求められ、同業者に1台2万5,000円を前払いして2万円の運賃で引き受け、125万円の赤字を承知で応じた。1978年10月には株式会社へ組織を変更した。
- 近代中小企業 1993年3月号
- [6]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [7]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [8]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [9]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- AZ-COM丸和ホールディングス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [10]1973年8月 埼玉県北葛飾郡吉川町に㈲丸和運輸機関を設立、1978年10月 株式会社へ組織変更
- [12]1973年8月 埼玉県北葛飾郡吉川町に㈲丸和運輸機関を設立、1978年10月 株式会社へ組織変更
- 近代中小企業 1993年8月号
- [11]車両50台足らずの時期に大手電機メーカーの1日300台の依頼を受け、同業者に1台2万5,000円を前払い(運賃2万円)、125万円の赤字
参考文献[1]-[12]
- 近代中小企業 1993年4月号
- [1]1945年5月埼玉県生まれ、母の入院で進学を断念し日本橋の丸日青果㈱八百正に就職
- 近代中小企業 1993年3月号
- [2]19歳で習志野に青果店(従業員7名・年商2億円以上)、知人の借金の保証人となり全財産を失い借金600万円と中古トラック1台が残る
- [3]19歳で習志野に青果店(従業員7名・年商2億円以上)、知人の借金の保証人となり全財産を失い借金600万円と中古トラック1台が残る
- [6]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [7]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [8]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- [9]製缶会社の1か月の売上が青果店の1日分以下、段ボールメーカーで清掃・力仕事・注文取りを担い、1年で15台、5年50台の目標を2年で達成、創業3年目の1973年8月に法人化、段ボールメーカーへの一社依存を避けており同社倒産時の被害を最小限に
- 近代中小企業 1995年6月号
- [4]残ったトラック1台で稼ぐため運送業に入った
- 近代中小企業 1993年7月号
- [5]運送業者のマナーの悪さを見て、商人道に則ったサービスで他社に秀でられると考えたのが原点
- AZ-COM丸和ホールディングス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [10]1973年8月 埼玉県北葛飾郡吉川町に㈲丸和運輸機関を設立、1978年10月 株式会社へ組織変更
- [12]1973年8月 埼玉県北葛飾郡吉川町に㈲丸和運輸機関を設立、1978年10月 株式会社へ組織変更
- 近代中小企業 1993年8月号
- [11]車両50台足らずの時期に大手電機メーカーの1日300台の依頼を受け、同業者に1台2万5,000円を前払い(運賃2万円)、125万円の赤字
1983年〜和佐見勝氏の経営理念の制定と一貫物流・コンビニ配送への拡大
創業から10年、和佐見勝氏は経験と勘と度胸で会社を引っ張るワンマン経営を続けていた。社員が250名近くに増え、本社社屋の建設で多額の借入れも抱えたことから、組織で動く経営へ切り替える必要を痛感した。和佐見勝氏は中小企業大学校に入り、社員教育に経営資源を集中する方針を固めた。創業10周年にあたる1983年12月31日から1984年1月3日まで社内に泊まり込み、経営理念と社是を自ら書き上げた。理念には物流総合商社を目指すことと、輸送技術・物流管理・販売システムの開発、人材育成を掲げた。運ぶだけの業者から物流全体を請け負う会社へ移る方針を、文書で社員と共有したかったとみられる。
- 近代中小企業 1993年3月号
- [13]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- [14]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- [15]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- 近代中小企業 1993年6月号
- [16]創業10周年に1983年12月31日〜1984年1月3日に会社に泊まり込み経営理念・社是を作成、理念は物流総合商社を目指し輸送技術・物流管理・販売システム開発と人材育成
- [17]創業10周年に1983年12月31日〜1984年1月3日に会社に泊まり込み経営理念・社是を作成、理念は物流総合商社を目指し輸送技術・物流管理・販売システム開発と人材育成
1993年3月時点の丸和運輸機関は、荷主の物流をアウトソーシングで一貫して請け負うサービスと、コンビニエンスストアへ時刻を合わせて届けるジャスト・イン・タイム方式の配送を手がけていた。資本金は5,500万円、売上高は単体55億円・グループ110億円、従業員は単体350名・グループ580名。同じ1993年の7月に昭和通運(現丸和通運)、12月に関西丸和サービス(現関西丸和ロジスティクス)の株式を取得した。1995年には資本金8,500万円・従業員675人・年商85億円となり、5年以内に単体で年商200億円・グループで500億円を目指す上場計画を進めていた。その後も1997年8月に東北丸和サービス、2002年4月に四国丸和ロジスティクス、2005年10月に九州丸和ロジスティクスを設立した。
- 近代中小企業 1993年3月号
- [18]1993年 アウトソーシングによる一貫物流サービス、コンビニエンスストア等へのジャスト・イン・タイム配送、資本金5,500万円、売上高55億円(グループ110億円)、従業員350名(580名)
- [19]1993年 アウトソーシングによる一貫物流サービス、コンビニエンスストア等へのジャスト・イン・タイム配送、資本金5,500万円、売上高55億円(グループ110億円)、従業員350名(580名)
- AZ-COM丸和ホールディングス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [20]1993年7月 昭和通運、1993年12月 関西丸和サービスの株式取得、1997年8月 東北丸和サービス、2002年4月 四国丸和ロジスティクス、2005年10月 九州丸和ロジスティクス設立
- [22]1993年7月 昭和通運、1993年12月 関西丸和サービスの株式取得、1997年8月 東北丸和サービス、2002年4月 四国丸和ロジスティクス、2005年10月 九州丸和ロジスティクス設立
- 近代中小企業 1995年6月号
- [21]1995年 資本金8,500万円・従業員675人・年商85億円、5年以内に単体年商200億円・グループ500億円を目指す上場計画
参考文献[13]-[22]
- 近代中小企業 1993年3月号
- [13]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- [14]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- [15]創業から10年はKKD(経験・勘・度胸)のワンマン経営、社員250名近く・本社社屋建設の借入れを機に組織的経営の必要を痛感し中小企業大学校に入校、教育を決意
- [18]1993年 アウトソーシングによる一貫物流サービス、コンビニエンスストア等へのジャスト・イン・タイム配送、資本金5,500万円、売上高55億円(グループ110億円)、従業員350名(580名)
- [19]1993年 アウトソーシングによる一貫物流サービス、コンビニエンスストア等へのジャスト・イン・タイム配送、資本金5,500万円、売上高55億円(グループ110億円)、従業員350名(580名)
- 近代中小企業 1993年6月号
- [16]創業10周年に1983年12月31日〜1984年1月3日に会社に泊まり込み経営理念・社是を作成、理念は物流総合商社を目指し輸送技術・物流管理・販売システム開発と人材育成
- [17]創業10周年に1983年12月31日〜1984年1月3日に会社に泊まり込み経営理念・社是を作成、理念は物流総合商社を目指し輸送技術・物流管理・販売システム開発と人材育成
- AZ-COM丸和ホールディングス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- [20]1993年7月 昭和通運、1993年12月 関西丸和サービスの株式取得、1997年8月 東北丸和サービス、2002年4月 四国丸和ロジスティクス、2005年10月 九州丸和ロジスティクス設立
- [22]1993年7月 昭和通運、1993年12月 関西丸和サービスの株式取得、1997年8月 東北丸和サービス、2002年4月 四国丸和ロジスティクス、2005年10月 九州丸和ロジスティクス設立
- 近代中小企業 1995年6月号
- [21]1995年 資本金8,500万円・従業員675人・年商85億円、5年以内に単体年商200億円・グループ500億円を目指す上場計画
出典・参考
7件
- AZ-COM丸和ホールディングス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- 近代中小企業 1993年4月号
- 近代中小企業 1993年3月号
- 近代中小企業 1993年7月号
- 近代中小企業 1993年8月号
- 近代中小企業 1993年6月号
- 近代中小企業 1995年6月号