五島慶太
東急・元取締役社長
経歴1913〜1952年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1913年主要役職の状況(推定含む目安)1959年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 武蔵電気鉄道(のちの東京横浜電鉄) | 1920 | 常務取締役 | ||
| 1924 | 常務取締役(役員交替後) | ||||
| 東急 | 1922 | 入社 取締役 | |||
| 1922 | 専務取締役 | ||||
| 1936 | 取締役社長 | ||||
| 1944 | 社長 退任 | ||||
| 1944 | 取締役会長 | ||||
| 1952 | 代表取締役会長 | ||||
| 官公庁 | 鉄道院 | 1913 | 入社 | ||
| 1920 | 退職 |
社長就任までの出自
出自
生家は長野県小県郡青木村で農業を営む小林菊右衛門氏の家で、1882年4月18日にその二男として誕生した。松本中学を出て郷里で代用教員を務めたのち、東京高等師範学校の英文科を経て四日市の市立商業学校で英語を教えた。1911年、同年代より4年遅れて29歳で東京帝国大学法科を卒業した。1912年2月に久米民之助氏の長女・万千代氏と結婚し、廃絶していた五島家を継いで小林から改姓した。農商務省を経て1913年に鉄道院へ移り、監督局の総務課長まで務めた。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1922年9月2日の目黒蒲田電鉄の創立総会で取締役に選ばれ、10月2日の臨時株主総会で専務に就任した。社長には田園都市会社専務の竹田政智氏が就任したが、実際の建設と経営は専務の五島慶太氏が会社を代表して指揮した。1936年12月24日の第29回定時株主総会で社長に就任し、専務には篠原三千郎氏が就任した。同じ総会で定款を改め、社長と専務の選任を株主総会の決議から取締役の互選に戻している。専務就任から14年、すでに経営を率いていた実態に肩書きを合わせた人事とみられる。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献4件
参考文献
- 私の履歴書 経済人1(日本経済新聞社、1980)五島慶太(1956年4月 日本経済新聞連載)
- 東京急行電鉄50年史(1973)
- 東急 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- NDL サーチ 書誌「一業一人伝:五島慶太」(1962)読み「ゴトウ ケイタ」
事実根拠:出所(東急)