堤康次郎

西武鉄道・元取締役社長(西武鉄道へ改称)

Tsutsumi Yasujiro(敬称略)

更新:
社長就任 1940年
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1889年2月11日、滋賀県愛知郡八木荘村の農家に生まれた。田地を担保に資金を作って上京し、早稲田大学の政治学科で学んだ。1918年に軽井沢千ヶ滝で土地開発へ着手し、1919年に箱根強羅の10万坪を買い、1920年に箱根土地株式会社を創立している。土地開発と交通機関を不可分のものと考え、駿豆鉄道の大株主兼重役として運営を握り、1928年には資本金100万円で多摩湖鉄道を創立した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

堤康次郎氏は、浅野・安田の両財閥と株式を三分して持つ大株主であり、沿線では約100万坪を所有して大泉学園の経営にあたっていたことから、両財閥に武蔵野鉄道の立て直しを頼まれた。当時の同社は経営に行き詰まり、社債を引き受けた富国徴兵保険をはじめとする債権者が、主な駅の出札窓口で運賃収入を差し押さえるまでになっていた。堤氏は鉄道財団の強制管理と強制和議を申し立て、1937年8月に東京区裁判所から和議の認可を受けた。整理に入ってから足かけ7年で、再建はようやく緒に就いた。

在任中の主な施策
施策

1942年に武蔵野鉄道株の売却を求められたが応じず、逆に東武鉄道社長の原邦造氏が持っていた西武鉄道株を買い取った。武蔵野鉄道と多摩湖鉄道を合併した会社へ西武鉄道を合わせ、1945年9月に現在の西武鉄道の形を作っている。戦後は銀座の松屋の株式の過半を7000万円で買う話を退け、池袋に自前の百貨店を建てることを選び、周辺に持っていた約1万5000坪のうち敷地6000坪を残して手放した。

在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1940〜1954年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件

免責事項およびポリシー