清水信次
ライフコーポレーション・元株式会社日本流通未来教育センター代表取締役会長に就任
社長就任までの出自
清水信次氏の家業は1910年、父の清水茂氏が三重県津市でタオル等の製造・卸業を興したことに始まる。1935年ごろに大阪・天満で食料品中心の卸小売業へ転じ、戦後は大阪中央市場の再開と同時に食品の仲卸商として同市場へ進出した。清水氏は1945年に清水商店の支配人となり、1948年に同店の代表へ就任した。1956年10月には東京都中央区日本橋本町に資本金500万円の清水實業株式会社を設立し、パイナップル缶詰やバナナの輸入と国内販売を主業に据えて初代社長となった。
社長に選ばれた経緯
1982年10月の大証二部上場を機に、清水氏は実弟の清水三夫氏へ社長を譲り会長へ就任した。上場を三段階で済ませたら社長を戻す約束だったが、1984年8月の一部指定のあと清水氏が日本チェーンストア協会会長を引き受け、三夫氏の続投となった。三夫氏は1987年度初めに「303作戦」を掲げ、1992年に売上高3,000億円・グループ企業30社という多角化へ動いた。清水氏はこれを本業から離れると見て、1988年3月15日の役員会で社長復帰を宣言し、三夫氏を取締役へ降格させた。
在任中の主な施策
1971年10月に東京都板橋区へ板橋店を出店し、同時に東京本部を開設して大阪本部との二拠点体制を構築した。1973年5月には商号を株式会社ライフへ改め、輸入卸の名残だった清水實業の屋号を社名から外した。1988年の復帰後は実弟が掲げた多角化を洗い直し、本業の食品スーパーへ経営を戻した。後継は血縁に求めず、2005年6月に保有株の20%を三菱商事へ譲って筆頭株主を創業家の外へ移し、2006年3月に岩崎高治氏へ社長を託した。
在任の評価
執筆予定
経歴 1926〜2021年
在任中の業績
参考文献 4件
- 証券アナリストジャーナル(1982年11月号、20巻11号)
- 日経ビジネス 1988年6月20日号「清水信次氏(ライフストア社長)・清水三夫氏(ライフストア相談役)ロマン切り捨て路線一本化へ」
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【役員の状況】