岩田聡

任天堂・元Nintendo of America Inc. 取締役会長(CEO)就任

Iwata Satoru(敬称略)

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社長就任 2002年5月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

ハル研究所出身のプログラマーで、2000年6月に任天堂の取締役へ就任した。社内では経営企画室長を務め、開発と経営の双方を見る位置にいた。株式は2006年3月期の時点で山内溥氏が個人で10.0%を持つ筆頭株主で、次いで信託銀行と京都銀行が4〜5%台を握っていた。岩田氏は資本の裏づけを持たない専門経営者として経営を預かった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2002年5月31日、32歳年下の岩田氏へ山内溥氏が社長を譲った。42歳での就任は創業家以外からは初めてで、山内家4代の同族経営はここで途切れた。山内氏は前年、身内に適任者を欠くとして世襲をしない方針を示していた。就任前年度の2002年3月期は連結売上高5548億円・経常利益1866億円だった。ゲームの作り手を経営の座に据える人選だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

2004年12月に二画面とタッチパネルのニンテンドーDSを発売し、2006年にはモーション操作の据置機Wiiを投入した。二機種のヒットで2009年3月期の連結売上高は1兆8386億円へ達した。後継機は伸びず、2012年3月期に営業損失373億円・最終損失432億円、2014年3月期にも営業損失464億円を計上した。2015年にはDeNAと資本業務提携を締結し、自社IPをスマートデバイスへ出す道を開いた。 岩田聡氏の急逝と君島達己氏への継承

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 2000〜2015年
在任中の業績 FY01→FY14
就任前(FY01)5,548億円
退任時(FY14)5,498億円
変化(13カ年)-1%
就任前-
退任時(FY14)4.5%
変化-

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