伯東:伯東の設立とエレクトロニクス機器の輸入販売
1953年〜ブラジルと東京から名を取った銀座の水晶原石商社と、資本金500万円
伯東は1953年11月7日、資本金500万円で東京都中央区銀座に発足した。設立と同時に、米国のクロス社(Close Associates)と水晶原石の輸入と販売の契約を締結。原石の用途は電気通信機器に組み込む水晶発振器の材料で、伯東はこの原石を海外から仕入れて国内の需要家に販売する商社として事業を始めた。社名の伯東は、ブラジルを漢字で書いた「伯刺西爾」の頭の字に、東京の頭の字を合わせたものである。特定の大企業の系列に属さない独立系の立場は、1999年の上場時まで変わらなかった。社名に海外と東京の地名を並べたことから、海外の資源を国内の通信機器産業へ取り次ぐ事業として構想されたとみられる。
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1953年11月、資本金5,000千円で東京都中央区銀座に伯東を設立し、米国クロス社(Close Associates,Inc.)と水晶原石の輸入・販売契約を締結
- [3]1953年11月、資本金5,000千円で東京都中央区銀座に伯東を設立し、米国クロス社(Close Associates,Inc.)と水晶原石の輸入・販売契約を締結
- 証券 51(4)(601) 1999年
- [2]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- [5]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- [6]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [4]1953年11月、電気通信機器用水晶発振器の原材料である水晶原石を輸入・販売する商社として発足。特定の大企業の子会社・関連会社でない独立系エレクトロニクス専門商社
- [7]1953年11月、電気通信機器用水晶発振器の原材料である水晶原石を輸入・販売する商社として発足。特定の大企業の子会社・関連会社でない独立系エレクトロニクス専門商社
伯東は1956年1月、本社を銀座から東京都中央区日本橋本町へ移した。経営の理念には、顧客が本当に必要としている品を正確につかみ、それを届けることを据えた。この理念に沿って、営業の担当者にもエンジニアと同じ水準の専門知識と技術を求め、技術を備えた営業員を顧客の現場に送った。社長の高山成雄氏は1995年3月、この営業員が顧客と同じ目線で問題を探り、顧客とともに解決する役割を担うと位置づけた。高山成雄氏は同じ席で、創業から一貫して技術にこだわってきたことが、他の商社には無い強みを生んだと説明した。日本橋本町への移転は、技術の相談に応じる営業員が取引先と接しやすい場所を求めた判断だったと思われる。
- 有価証券報告書【沿革】
- [8]1956年1月、東京都中央区日本橋本町に本社を移転
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [9]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [10]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [11]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [12]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
参考文献[1]-[12]
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1953年11月、資本金5,000千円で東京都中央区銀座に伯東を設立し、米国クロス社(Close Associates,Inc.)と水晶原石の輸入・販売契約を締結
- [3]1953年11月、資本金5,000千円で東京都中央区銀座に伯東を設立し、米国クロス社(Close Associates,Inc.)と水晶原石の輸入・販売契約を締結
- [8]1956年1月、東京都中央区日本橋本町に本社を移転
- 証券 51(4)(601) 1999年
- [2]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- [5]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- [6]設立年月日は昭和28年11月7日。水晶原石の輸入販売を目的に設立し、社名はブラジル(伯刺西爾)と東京の頭文字から。独立系企業として営業
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [4]1953年11月、電気通信機器用水晶発振器の原材料である水晶原石を輸入・販売する商社として発足。特定の大企業の子会社・関連会社でない独立系エレクトロニクス専門商社
- [7]1953年11月、電気通信機器用水晶発振器の原材料である水晶原石を輸入・販売する商社として発足。特定の大企業の子会社・関連会社でない独立系エレクトロニクス専門商社
- [9]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [10]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [11]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
- [12]ユーザーが真に求めるものを正確に把握し提供するとの理念のもと、セールススタッフにもエンジニア並みの専門知識・技術を求めたセールスエンジニアを投入し、ユーザーとともに問題を追求・解決する機能を持たせた。創業以来技術にこだわり、他の商社が持ち得ない強みを得たと高山成雄社長が説明(1995年3月)
1960年〜エレクトロニクス機器の輸入へ広げた水晶の商社と、大阪に置いた最初の連絡事務所
伯東は水晶原石の後、海外製のエレクトロニクス部品と機器の輸入販売へ取扱品を広げた。社長の高山成雄氏は1995年3月、伯東が大企業の系列に属さない独立系の商社であり、国内外の仕入先を制約なく選べる点を強みに挙げた。機器の営業員には、製品の設計思想と応用の技術を理解したうえで顧客に向き合うことを求めた。高山成雄氏は、専門商社に要る技術は長年の積み重ねでしか身につかず、それが顧客の信頼を生むと説明した。伯東が1999年の上場時の会社紹介で説明したのは、有望な海外の仕入先に出資して販売の権利を安定させてきた経緯である。水晶原石で築いた通信機器メーカーとの取引が、同じ顧客へ海外の電子機器を供給する入口になったと推察される。
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [13]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [14]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [15]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [16]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- 証券 51(4)(601) 1999年
- [17]独立系企業として、有望な海外仕入先メーカーへの資本参加で仕入先商権の安定確保を図ってきた(1999年上場時の会社紹介)
伯東は1960年4月に本社を東京都港区へ移し、翌1961年10月には大阪市北区に大阪連絡事務所を置いた。大阪の事務所は東京の外に置いた最初の拠点で、のちの関西支店にあたる。次の国内拠点である名古屋出張所の設置は1970年11月で、それまでの9年間、東京以外の拠点は大阪だけだった。社長の高山成雄氏は1995年3月、据付や調整、利用者の教育まで顧客に届けるため、販売は直接販売を基本にしていると説明した。同じ席で高山成雄氏は、全国に広げた販売網が仕入先からも評価され、新しい商談が増えていると述べた。大阪連絡事務所は、輸入機器の直接販売を関西の電機メーカーへ広げる足場となったのだろう。
- 有価証券報告書【沿革】
- [18]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
- [19]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
- [20]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [21]据付・調整、ユーザー教育などのサービスを供給するため、販売方式は直接販売を基本とする。全国的なネットワークがサプライヤーに評価され新規商談が増加(1995年3月、高山成雄社長)
- [22]据付・調整、ユーザー教育などのサービスを供給するため、販売方式は直接販売を基本とする。全国的なネットワークがサプライヤーに評価され新規商談が増加(1995年3月、高山成雄社長)
参考文献[13]-[22]
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- [13]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [14]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [15]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [16]設立後、エレクトロニクス部品・機器、工業薬品の製造・販売へ事業を広げた。独立系で特定の仕入先に制約されず国内外の企業と取引できることを強みに挙げ、営業エンジニアに商品の設計思想・テクノロジ・アプリケーションの理解を求めた。専門商社の技術は長年の積み重ねで身につき顧客の信頼につながる(1995年3月、高山成雄社長)
- [21]据付・調整、ユーザー教育などのサービスを供給するため、販売方式は直接販売を基本とする。全国的なネットワークがサプライヤーに評価され新規商談が増加(1995年3月、高山成雄社長)
- [22]据付・調整、ユーザー教育などのサービスを供給するため、販売方式は直接販売を基本とする。全国的なネットワークがサプライヤーに評価され新規商談が増加(1995年3月、高山成雄社長)
- 証券 51(4)(601) 1999年
- [17]独立系企業として、有望な海外仕入先メーカーへの資本参加で仕入先商権の安定確保を図ってきた(1999年上場時の会社紹介)
- 有価証券報告書【沿革】
- [18]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
- [19]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
- [20]1960年4月に東京都港区へ本社移転、1961年10月に大阪市北区に大阪連絡事務所(現関西支店)を設置、1970年11月に名古屋出張所(現名古屋支店)を設置
出典・参考
3件
- 有価証券報告書【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 1995年3月 別冊付録 伯東(高山成雄)
- 証券 51(4)(601) 1999年