内山康がX線テレビの開発で独立した1960年、日本の製造業は高度成長期に入りつつあった。大企業では組織の規模が開発の迅速性を阻害する一方、中堅企業には設計と現場の近さという構造的な優位があった。内山は松下通信工業での経験からこの非対称性を認識し、工場を持たず研究開発に特化する経営…
従業員30人の工業用テレビメーカーが半導体フォトマスク検査という市場に参入した判断は、技術的な偶然ではなく、創業者・内山康の開発テーマを「選ぶ力」に基づく意図的な選択であった。大企業が手を出さないニッチ市場で、中堅企業ならではの開発スピードと設計・現場の近さを武器に世界初の製品を…
工場を持たないファブライト経営は、売上減少時に赤字に転落しやすいという脆弱性を持つ一方、事業撤退時の固定費負担が軽いという構造的特性も持つ。岡林理がFPD事業を縮小できた背景には、工場閉鎖や設備の減損処理といった撤退コストが発生しないファブライトモデルの柔軟性があった。売上の半分…
EUV検査装置の開発において、レーザーテックの規模の小ささは制約ではなく条件であった。大手装置メーカーにとって市場規模が不透明なEUV検査装置は投資判断が難しいテーマであったが、レーザーテックにとっては半導体集中戦略の延長線上にある必然の選択であった。FPD事業を縮小してリソース…
岡林理が仙洞田哲也を後任に選んだ判断は、レーザーテックの競争力の源泉が何であるかを反映している。同社の強みは技術開発力と顧客密着の営業であり、その両方を自ら経験した人物が経営を担うべきだという論理である。47歳という年齢は上場企業の社長としては若いが、中計の6年計画を完遂するには…