音桂二郎
日機装・元商号変更により日機装代表取締役社長
社長就任 1953年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部機械工学科
出自 —
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1966年3月期は9,100万円の欠損となり、年2割の高率配当から無配へ転じた。音桂二郎氏は製品と作業の標準化、新技術の開発、新市場の開拓を対策に挙げた。1965年5月に米ミルトン・ロイ社との提携期間が切れると再契約せずに自力開発へ移り、独自のミルフロー制御容量ポンプは定量注入ポンプで世界2位の売上を占めた。1967年に輸入販売から入った人工腎臓は2年後に国産第1号機が完成し、1974年9月期には売上49億円と総売上の40%を占めた。同年、静岡県榛原に30億円を投じて医療器専門の工場を建設した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1953〜1986年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件
- 日機装20年史(日機装、1973年)第1章「創業のころ」
- 日経ビジネス 1979年12月3日号「編集長インタビュー 音桂二郎氏(日機装社長)メーカーと商社の真ん中をいった経営戦略」
- 日機装 有価証券報告書【沿革】