田中外次

住友金属鉱山・元代表取締役社長

Tanaka Sotoji(敬称略)

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社長就任 1949年
生年月日 —
学歴 東京商科大学本科
出自 —
社長就任までの出自
出自

住友の鉱山事業は1937年6月に住友別子鉱山と住友炭礦の合併で住友鉱業となり、財閥解体を受けて1946年1月に井華鉱業へ改称した。その井華鉱業の金属部門を分離し、1950年3月に別子鉱業が発足する。田中外次氏はこの別子鉱業の社長を務めた人物で、石炭と金属を抱えた旧住友鉱業から非鉄金属だけを引き継ぐ会社への切り替えを担う位置にいた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

別子鉱業が発足した1950年3月は財閥解体で住友の鉱山事業が石炭と金属に割れた直後で、銅の鉱山と製錬だけを引き継ぐ会社の立ち上げが最初の仕事になった。後任の河上健次郎氏は発足と同じ1950年3月に常務取締役へ就任し、1956年5月に専務取締役、1963年5月に取締役社長へ進んでいる。発足時の経営陣がそのまま十数年を通して指揮を執った。

在任中の主な施策
施策

銅の鉱山会社を、金属と材料の会社へ広げた。1950年6月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、1952年6月には社名を別子鉱業から住友金属鉱山へ改めている。1956年9月には日向製錬所を設立してフェロニッケルの生産に入り、銅の外へ製錬の品目を伸ばした。1960年4月に東京電子金属を設立してエレクトロニクス材料の製造へ進み、1963年4月にはシポレックス製造を設立してALC事業にも出ている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1949〜1962年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件

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