第1章 年〜年

メック:メックの設立と銅表面処理剤の発売

1969年〜化学会社の部下数名と大阪・梅が枝町で興した会社と、輸入頼みの表面処理剤の国産化

メックは1969年5月1日、民間化学会社に勤めていた前田耕作氏が、同じ会社の部下数名とともに設立した会社である。本社は大阪市北区梅が枝町に置き、化学技術のコンサルティング業務から事業を始めた。前田耕作氏は大阪大学工学部応用化学科の出身で、1981年10月時点では代表取締役を務めていた。社名は機械・電気(電子)・化学の頭文字で、『機械と電気(または電子)と化学のハーモニー』を掲げて異分野の技術の組み合わせに発展を託した。前田耕作氏は後年、創業時には資本も経営の経験も持っていなかったと振り返っている。設備投資の要らない相談業を入口にしたのは、資本の乏しい技術者の独立として理にかなう順序だったとみられる。

  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [1]1969年5月1日、前田耕作と同氏が勤務していた民間化学会社の部下数名がメック株式会社を設立
    • [3]前田耕作は大阪大学工学部応用化学科卒、1981年10月時点でメック代表取締役
    • [4]社名は機械・電気(電子)・化学の頭文字。異なる技術の組合せで新しい技術を拓き会社の発展を期す願望をこめて命名
    • [5]前田耕作はサラリーマン技術者出身で、資本もなく会社経営は素人だったと記す
  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [2]1969年5月、大阪市北区梅が枝町で設立し、化学技術コンサルティング業務を開始

創業した1969年当時、電子基板の製造に使う特殊薬品は大半を米国からの輸入に依存していた。メックは1969年9月、プリント配線板向けの銅とはんだの表面処理剤の研究開発に着手し、1970年2月に販売を始めた。メックは自社開発品に社名を冠しており、1981年時点のはんだ表面処理剤の商品名はメックブライトSB。前田耕作氏によれば、事業を始めた1970年頃、プリント配線板業界の売上高は年間で300億円ほどだった。2001年5月の決算短信は、輸入品だった特殊薬品の国産化に先鞭を付けたことを創業以来の出発点として記している。市場は小さくても、輸入品を置き換える国産の薬品には基板メーカーの需要が見込めたと推察される。

  • メック 平成13年3月期 連結決算短信(2001年5月)「経営の基本方針」
    • [6]創業当時(1969年)、電子基板製造用特殊薬品はほとんどを米国からの輸入に頼っており、メックはその国産化に先鞭を付けた
    • [10]創業当時(1969年)、電子基板製造用特殊薬品はほとんどを米国からの輸入に頼っており、メックはその国産化に先鞭を付けた
  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [7]1969年9月に銅表面処理剤・はんだ表面処理剤の研究開発を開始し、1970年2月に販売を開始
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [8]メックの開発商品は名前にメックを付ける。メックブライトSBはハンダの表面処理剤(1981年時点)
    • [9]仕事を始めた1970年頃のプリント配線板の年間総売上げは300億円
参考文献[1]-[10]
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [1]1969年5月1日、前田耕作と同氏が勤務していた民間化学会社の部下数名がメック株式会社を設立
    • [3]前田耕作は大阪大学工学部応用化学科卒、1981年10月時点でメック代表取締役
    • [4]社名は機械・電気(電子)・化学の頭文字。異なる技術の組合せで新しい技術を拓き会社の発展を期す願望をこめて命名
    • [5]前田耕作はサラリーマン技術者出身で、資本もなく会社経営は素人だったと記す
    • [8]メックの開発商品は名前にメックを付ける。メックブライトSBはハンダの表面処理剤(1981年時点)
    • [9]仕事を始めた1970年頃のプリント配線板の年間総売上げは300億円
  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [2]1969年5月、大阪市北区梅が枝町で設立し、化学技術コンサルティング業務を開始
    • [7]1969年9月に銅表面処理剤・はんだ表面処理剤の研究開発を開始し、1970年2月に販売を開始
  • メック 平成13年3月期 連結決算短信(2001年5月)「経営の基本方針」
    • [6]創業当時(1969年)、電子基板製造用特殊薬品はほとんどを米国からの輸入に頼っており、メックはその国産化に先鞭を付けた
    • [10]創業当時(1969年)、電子基板製造用特殊薬品はほとんどを米国からの輸入に頼っており、メックはその国産化に先鞭を付けた

1971年〜西淀川区への工場移転と、住友スリーエムとの代理店契約・立川の東京営業所

メックは1971年6月、販売量の拡大に備えて工場を大阪市西淀川区へ移した。同じ年の9月には、日本プリント回路工業会(JPCA)が開いた第1回JPCAショーへの出展。プリント配線板業界の売上高は1970年頃の300億円から1980年度には2,200億円となり、10年間で7倍に拡大した。メックの製品は両面スルーホール基板向けが多く、価格と利益率は高い一方で使用量は少なかった。1981年の寄稿によれば、メックの売上高はそれまでの2〜3年、毎年前年比30%以上の増加を続けていた。業界の生産量が毎年増えるなか、生産拠点の移転と見本市への出展を同じ年に進め、供給力と販路を並行して整えたのだろう。

  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [11]1971年6月、販売量拡大に備えて大阪市西淀川区に工場を移転
    • [12]1971年9月、第1回JPCA(日本プリント回路工業会)ショーに出展
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [13]プリント配線板の年間総売上げは1970年頃300億円、1980年度2,200億円で10年間に7倍
    • [14]メックの製品は両面スルーホール用が多く、価格・利益率は高いが使用量は少ない(1981年時点)
    • [15]1981年時点でこの2〜3年の売上げは毎年前年比30%以上の伸び

メックは1975年3月、住友スリーエムと販売代理店契約を結び、プリント配線板用の研磨材の販売を始めた。前田耕作氏の1981年の寄稿によれば、メックが扱う研磨材はシリコンカーバイドなどをナイロンブラシに練り込んだ米国発の製品だった。メックは配線板の研磨に適する点を見出して使い方を検討し、業界へ販売した。1981年時点で研磨材は売上高の20%を占め、薬品の60%、機械装置の20%と並んだ。メックは1975年4月に東京都立川市へ東京営業所を設置し、1979年10月にはHALフラックスの販売を始めた。寄稿は住友スリーエムの名を挙げていないものの、代理店契約で扱った研磨材が寄稿の米国製研磨材にあたると思われる。

  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [16]1975年3月、住友スリーエムと販売代理店契約を締結し、プリント配線板用研磨材の販売を開始
    • [20]1975年4月、東京都立川市に東京営業所を設置
    • [21]1979年10月、HALフラックスの販売を開始
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [17]研磨材はナイロンブラシに研磨剤(シリコンカーバイト等)を練り込んだもとはアメリカ製の製品。メックがプリント配線板の研磨に優れる点を見出し、使い方を検討して業界に販売
    • [18]研磨材はナイロンブラシに研磨剤(シリコンカーバイト等)を練り込んだもとはアメリカ製の製品。メックがプリント配線板の研磨に優れる点を見出し、使い方を検討して業界に販売
    • [19]1981年時点の売上構成は薬品60%・研磨材20%・機械装置20%
参考文献[11]-[21]
  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
    • [11]1971年6月、販売量拡大に備えて大阪市西淀川区に工場を移転
    • [12]1971年9月、第1回JPCA(日本プリント回路工業会)ショーに出展
    • [16]1975年3月、住友スリーエムと販売代理店契約を締結し、プリント配線板用研磨材の販売を開始
    • [20]1975年4月、東京都立川市に東京営業所を設置
    • [21]1979年10月、HALフラックスの販売を開始
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作
    • [13]プリント配線板の年間総売上げは1970年頃300億円、1980年度2,200億円で10年間に7倍
    • [14]メックの製品は両面スルーホール用が多く、価格・利益率は高いが使用量は少ない(1981年時点)
    • [15]1981年時点でこの2〜3年の売上げは毎年前年比30%以上の伸び
    • [17]研磨材はナイロンブラシに研磨剤(シリコンカーバイト等)を練り込んだもとはアメリカ製の製品。メックがプリント配線板の研磨に優れる点を見出し、使い方を検討して業界に販売
    • [18]研磨材はナイロンブラシに研磨剤(シリコンカーバイト等)を練り込んだもとはアメリカ製の製品。メックがプリント配線板の研磨に優れる点を見出し、使い方を検討して業界に販売
    • [19]1981年時点の売上構成は薬品60%・研磨材20%・機械装置20%

出典・参考

3件
出典・参考
  • メック 平成13年3月期 連結決算短信(2001年5月)「経営の基本方針」
  • 有価証券報告書【沿革】(メック)
  • 生産と技術 33(4) 1981年10月「機械と電気と化学のハーモニー」前田耕作

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