第1章 年〜年

サカタインクス:新聞インキの個人商店として創業、国内初の印刷ワニス製造へ

1896年〜大阪・西区本田で興した新聞インキの個人商店と、国内初の印刷ワニス

阪田恒四郎氏は1896年11月1日、大阪市西区本田通三丁目で新聞インキと印刷インキの製造販売を個人経営で始めた。拠点には工場と店舗を兼ねた建物を設け、製造と販売を1か所で手がけた。有価証券報告書の沿革は、創業時の商号を個人商店阪田インキ製造所とし、のちに阪田商会へ改称したとする。一方で1959年と1968年の誌面は、創業の時点から個人商店阪田商会の名で記していた。1959年11月の大阪経済評論は、創業から63年を経た新聞インキと印刷インキの老舗として阪田商会を紹介した。明治中期の大阪で新聞の発行が広がり、インキの需要が増える見通しを阪田恒四郎氏は創業の動機にしたと推察される。

  • 大阪経済評論 42(11) 1959年11月号「新公開株・阪田商会を検討する」
    • [1]1896年11月1日、阪田恒四郎が個人経営で大阪市西区本田通三丁目に新聞インキ・印刷インキの製造販売を開始。1959年時点で創業63年
    • [5]1896年11月1日、阪田恒四郎が個人経営で大阪市西区本田通三丁目に新聞インキ・印刷インキの製造販売を開始。1959年時点で創業63年
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968「阪田商会」
    • [2]1896年、阪田恒四郎が新聞インキ・印刷インキの製造販売を目的に大阪市西区本田で個人商店阪田商会を創業(工場店舗を設置)
    • [4]1896年、阪田恒四郎が新聞インキ・印刷インキの製造販売を目的に大阪市西区本田で個人商店阪田商会を創業(工場店舗を設置)
  • サカタインクス 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [3]1896年11月、個人商店阪田インキ製造所(のちに阪田商会と改称)として大阪市で創業し新聞インキの製造販売を開始

阪田恒四郎氏は1905年、店舗を大阪・上福島へ移して規模を広げた。日露戦争のさなかにあたるこの年、大阪の福島工場を新たに設けた。1964年版の会社総覧も、同じ1905年の項に上福島への工場と事務所の移転・増設を載せた。西区本田通での創業から9年後、工場と事務所を一体で構え直す移転。福島工場はその後も生産の中心に置かれ、のちの野田工場や東京工場、九州工場の建設もここを起点に進んだ。新聞インキの注文の増加に創業時の工場兼店舗の設備が見合わなくなり、移転と増設を決めたとみられる。

  • 企業の歴史 : 明治百年 1968「阪田商会」
    • [6]1896年に大阪市西区本田で創業し、1905年(明治38年)に大阪市福島区上福島へ店舗を移転拡張
  • 大阪経済評論 42(11) 1959年11月号「新公開株・阪田商会を検討する」
    • [7]日露戦争の1905年(明治38年)に福島工場(大阪)を設立
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「阪田商会」【沿革】
    • [8]1905年(明治38年)、大阪上福島に工場と事務所を移転増設
    • [9]1905年(明治38年)、大阪上福島に工場と事務所を移転増設
  • 日本経済新報 12(50) 1959年12月号
    • [10]福島工場を中心に野田工場・東京工場・九州工場を建設し事業規模を拡大

阪田恒四郎氏の店は1911年、印刷インキの原料となる印刷ワニスの製造を国内で初めて始めた。製造は阪田素夫氏の研究に基づくもので、阪田素夫氏は1959年時点で阪田商会の会長を務めていた。1968年の企業史の書籍では、1911年に研究を完成させ、直ちに製造と販売に入ったとの記述。1964年版の会社総覧も、わが国最初の印刷ワニスの製造開始を1911年の項に置いた。1959年12月の日本経済新報は、このワニスの製造を阪田商会の技術力を示す実績に挙げた。1920年9月には資本金10万円で株式会社組織へ改めた。インキの品質を左右するワニスを自ら作れば、品質と原価を自社で管理できるという判断があったのだろう。

  • 大阪経済評論 42(11) 1959年11月号「新公開株・阪田商会を検討する」
    • [11]1911年(明治44年)、本邦最初の印刷ワニス製造を開始
  • 日本経済新報 12(50) 1959年12月号
    • [12]1911年(明治44年)、現会長阪田素夫の研究により国内初の印刷ワニスの製造に成功し、技術面の優秀さを示した
    • [15]1911年(明治44年)、現会長阪田素夫の研究により国内初の印刷ワニスの製造に成功し、技術面の優秀さを示した
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968「阪田商会」
    • [13]1911年(明治44年)に印刷ワニスの研究を完成し直ちに製造販売を開始。1920年(大正9年)9月、資本金10万円で株式会社組織に改組
    • [16]1911年(明治44年)に印刷ワニスの研究を完成し直ちに製造販売を開始。1920年(大正9年)9月、資本金10万円で株式会社組織に改組
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「阪田商会」【沿革】
    • [14]1911年(明治44年)、わが国最初の印刷ワニスの製造を開始
参考文献[1]-[16]
  • 大阪経済評論 42(11) 1959年11月号「新公開株・阪田商会を検討する」
    • [1]1896年11月1日、阪田恒四郎が個人経営で大阪市西区本田通三丁目に新聞インキ・印刷インキの製造販売を開始。1959年時点で創業63年
    • [5]1896年11月1日、阪田恒四郎が個人経営で大阪市西区本田通三丁目に新聞インキ・印刷インキの製造販売を開始。1959年時点で創業63年
    • [7]日露戦争の1905年(明治38年)に福島工場(大阪)を設立
    • [11]1911年(明治44年)、本邦最初の印刷ワニス製造を開始
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968「阪田商会」
    • [2]1896年、阪田恒四郎が新聞インキ・印刷インキの製造販売を目的に大阪市西区本田で個人商店阪田商会を創業(工場店舗を設置)
    • [4]1896年、阪田恒四郎が新聞インキ・印刷インキの製造販売を目的に大阪市西区本田で個人商店阪田商会を創業(工場店舗を設置)
    • [6]1896年に大阪市西区本田で創業し、1905年(明治38年)に大阪市福島区上福島へ店舗を移転拡張
    • [13]1911年(明治44年)に印刷ワニスの研究を完成し直ちに製造販売を開始。1920年(大正9年)9月、資本金10万円で株式会社組織に改組
    • [16]1911年(明治44年)に印刷ワニスの研究を完成し直ちに製造販売を開始。1920年(大正9年)9月、資本金10万円で株式会社組織に改組
  • サカタインクス 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [3]1896年11月、個人商店阪田インキ製造所(のちに阪田商会と改称)として大阪市で創業し新聞インキの製造販売を開始
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「阪田商会」【沿革】
    • [8]1905年(明治38年)、大阪上福島に工場と事務所を移転増設
    • [9]1905年(明治38年)、大阪上福島に工場と事務所を移転増設
    • [14]1911年(明治44年)、わが国最初の印刷ワニスの製造を開始
  • 日本経済新報 12(50) 1959年12月号
    • [10]福島工場を中心に野田工場・東京工場・九州工場を建設し事業規模を拡大
    • [12]1911年(明治44年)、現会長阪田素夫の研究により国内初の印刷ワニスの製造に成功し、技術面の優秀さを示した
    • [15]1911年(明治44年)、現会長阪田素夫の研究により国内初の印刷ワニスの製造に成功し、技術面の優秀さを示した

出典・参考

5件
出典・参考
  • サカタインクス 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
  • 企業の歴史 : 明治百年 1968「阪田商会」
  • 大阪経済評論 42(11) 1959年11月号「新公開株・阪田商会を検討する」
  • 日本経済新報 12(50) 1959年12月号
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「阪田商会」【沿革】

免責事項およびポリシー