宇野收

東洋紡・元取締役会長

Uno Osamu(敬称略)

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社長就任 1978年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部政治学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1917年に京都で生まれ、1942年に東京帝国大学法学部を出て呉羽紡績へ入った。1966年4月の合併で東洋紡績へ移り、同年10月に商品開発部長、1968年2月に化成品事業部長を務めている。化成品事業部は犬山工場のフィルム転換に合わせて1968年3月に発足した部門で、非繊維事業の母体にあたる。1971年6月に取締役、1974年6月に常務、1976年7月に専務、1977年12月に副社長へ進んだ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1978年7月、大谷一二氏の会長就任を受けて社長に就任した。1966年の合併から12年での就任で、呉羽紡績の出身者としては最初の社長にあたる。直前の1978年4月期は売上高2117億円・当期純損失34億円で、繊維不況による損失が3期に及んでいた。1968年から化成品事業部を率いた経歴が、非繊維へ資源を移す役回りと重なっている。

在任中の主な施策
施策

1980年5月に中空糸型逆浸透膜「ホロセップ」の生産を開始した。1982年6月には創業100年を機に「85年ビジョン」に続く「90年ビジョン」を掲げ、非繊維の売上比率を40%へ引き上げる目標を数値で示している。プラスチック・生化学・分離膜・エレクトロニクスへ資源を振り向け、シャープとの提携強化や異業種との合弁で参入した。売上高は1978年4月期の2117億円から1983年4月期の3539億円へ、当期純損益は34億円の損失から25億円の利益へ戻った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1949〜1983年
在任中の業績
就任前(FY77)2,117億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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