コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス:日米飲料の設立と福岡・佐賀・長崎の製造販売権取得
1960年〜資本金5千万円で福岡に興した日米飲料と、福岡・佐賀・長崎のコカ・コーラ製造販売権
日米飲料は1960年12月、飲料の製造と販売を事業に掲げ、資本金5千万円で福岡市長浜町に発足した。設立日は同年12月20日で、出資の中心にはリコーが立った。リコーは1996年の東証上場の時点でも発行済株式の32.6%を保有する筆頭株主であった。1961年7月には福岡市天神町へ本店を移転。コカ・コーラの製造販売契約を持つ国内のボトラーは1996年時点で17社を数え、日米飲料はその3番目に設立された会社にあたる。発足時の社名にはまだコカ・コーラの語を含まなかった。コカ・コーラの原液を瓶に詰めて売る地域会社が各地に置かれると見込み、九州北部の担い手の座を契約に先立って押さえにいったとみられる。
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- [4]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- [6]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [2]1960年12月20日設立。リコーを中心とする出資。国内のコカ・コーラボトラー17社のうち3番目に設立
- [3]大株主欄でリコーが12,932千株・発行済株式の32.6%を保有
- [5]1960年12月20日設立。リコーを中心とする出資。国内のコカ・コーラボトラー17社のうち3番目に設立
日米飲料は1962年6月、米国のザ コカ・コーラ カンパニーおよび日本コカ・コーラと契約を結び、コカ・コーラとファンタの製造販売権を得た。契約で定めた販売地域は福岡・佐賀・長崎の3県で、販売は翌7月に始まった。事業の仕組みは、日本コカ・コーラから原液を仕入れ、自社の工場で製品に仕上げて地域内へ売るものである。3県というテリトリーは、1996年に社長の久保長氏が会社の概要を説明した場でも変わっていなかった。1995年度の酒屋・食料品店・スーパーを合わせた手売り部門のシェアは41.3%で、ボトラー平均の24.9%を上回った。商圏が契約で固定された以上、事業の拡大は3県の中で取引先と売り場を増やすことでしか実現できなかったと考えられる。
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [7]1962年6月 ザ コカ・コーラ カンパニー・日本コカ・コーラとコカ・コーラ、ファンタの製造・販売契約を締結し福岡・佐賀・長崎の製造・販売権を取得、1962年7月 販売開始
- [8]1962年6月 ザ コカ・コーラ カンパニー・日本コカ・コーラとコカ・コーラ、ファンタの製造・販売契約を締結し福岡・佐賀・長崎の製造・販売権を取得、1962年7月 販売開始
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [9]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
- [10]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
- [11]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
日米飲料は1963年3月、商号を日米コカ・コーラボトリングへ改めた。翌4月には本店を福岡市箱崎の現在地へ移した。同じ1963年には福岡市で福岡工場が稼働し、自社での瓶詰めを開始。事業を始めた当初の取扱品目はコカ・コーラとファンタの2つに限られた。福岡工場はその後の工場の集約に伴い、1985年に閉鎖された。工場で詰めた製品を自社の販売担当者が届ける仕組みは、製造と販売を一体に運び、鮮度の高い製品を素早く届ける狙いを持った。日米飲料は小売店に対し、コカ・コーラを扱う会社であることを社名で示そうとしたのだろう。
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [12]1963年3月 商号を日米コカ・コーラボトリングに変更、1963年4月 本店を福岡市箱崎(現 東区箱崎七丁目)へ移転
- [13]1963年3月 商号を日米コカ・コーラボトリングに変更、1963年4月 本店を福岡市箱崎(現 東区箱崎七丁目)へ移転
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [14]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- [15]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- [16]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [17]ルートシステム(直接販売方式)は中間マージンの排除と製造・販売の一体化による新鮮な製品の迅速な提供が特徴
参考文献[1]-[17]
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- [4]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- [6]1960年12月 資本金5千万円で日米飲料を福岡市長浜町に設立(飲料の製造・販売が目的)、1961年7月 本店を福岡市天神町へ移転
- [7]1962年6月 ザ コカ・コーラ カンパニー・日本コカ・コーラとコカ・コーラ、ファンタの製造・販売契約を締結し福岡・佐賀・長崎の製造・販売権を取得、1962年7月 販売開始
- [8]1962年6月 ザ コカ・コーラ カンパニー・日本コカ・コーラとコカ・コーラ、ファンタの製造・販売契約を締結し福岡・佐賀・長崎の製造・販売権を取得、1962年7月 販売開始
- [12]1963年3月 商号を日米コカ・コーラボトリングに変更、1963年4月 本店を福岡市箱崎(現 東区箱崎七丁目)へ移転
- [13]1963年3月 商号を日米コカ・コーラボトリングに変更、1963年4月 本店を福岡市箱崎(現 東区箱崎七丁目)へ移転
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [2]1960年12月20日設立。リコーを中心とする出資。国内のコカ・コーラボトラー17社のうち3番目に設立
- [3]大株主欄でリコーが12,932千株・発行済株式の32.6%を保有
- [5]1960年12月20日設立。リコーを中心とする出資。国内のコカ・コーラボトラー17社のうち3番目に設立
- [14]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- [15]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- [16]昭和38年 福岡市に福岡工場。事業開始当初の品目はコカ・コーラとファンタ。工場集約で福岡工場を昭和60年に廃止
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [9]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
- [10]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
- [11]日本コカ・コーラから購入した原液で飲料を製造販売。昭和37年に販売開始、テリトリーは福岡・佐賀・長崎の3県(1996年11月の会社説明)
- [17]ルートシステム(直接販売方式)は中間マージンの排除と製造・販売の一体化による新鮮な製品の迅速な提供が特徴
1973年〜北九州コカ・コーラへの改称と、鳥栖・基山の工場で支えた自販機のルート網
日米コカ・コーラボトリングは1973年7月、商号を北九州コカ・コーラボトリングへ改めた。その前年の1972年9月には当初の契約を改め、日本コカ・コーラとの再実施許諾契約へ切り替えていた。改称の後も、営業地域は福岡・佐賀・長崎の3県、本社は福岡市のままである。品目は1975年にコーヒー飲料のジョージア、1982年に栄養飲料のリアルゴールド、1988年に茶飲料の神葉を加え、2品目から広げた。契約の相手が日本コカ・コーラに一本化されたのを機に、九州北部を地盤とするボトラーの名を前に出したと推察される。
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [18]1972年9月 前契約を改め日本コカ・コーラと再実施許諾契約を締結、1973年7月 商号を北九州コカ・コーラボトリングに変更
- [19]1972年9月 前契約を改め日本コカ・コーラと再実施許諾契約を締結、1973年7月 商号を北九州コカ・コーラボトリングに変更
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [20]テリトリーは福岡・佐賀・長崎3県、本社は福岡市(1996年11月の会社説明)
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [21]昭和50年 ジョージア、57年 リアルゴールド、63年 神葉を投入
北九州コカ・コーラボトリングは1967年に佐賀県鳥栖市で鳥栖工場を開設し、1974年には需要の増加に応じて同県基山町に基山工場を加えた。両工場はテリトリーの中央にあたる鳥栖ジャンクションの近くにあり、各営業拠点まで最大2時間以内で製品を運べた。売り方は問屋を介さず、販売担当者が取引先を訪ねて注文を受け、納品の際に代金も精算するルートセールスを採った。1995年度の自販機の設置シェアは48.4%で、ボトラー平均の33.5%を上回った。1987年には基山工場でペットボトルの自社成形を、1991年には鳥栖工場でコーヒーの焙煎を始め、原材料の外部調達を減らした。生産を地域の中心に寄せ、売り場への直販と組み合わせることで、配送と中間マージンのコストを同時に抑える構造を築いたとみてよい。
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [22]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
- [24]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
- [26]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [23]鳥栖・基山の両工場はテリトリー中央の鳥栖ジャンクション近くで営業拠点へ最大2時間以内。1995年度の自販機設置シェア48.4%(ボトラー平均33.5%)
- [25]鳥栖・基山の両工場はテリトリー中央の鳥栖ジャンクション近くで営業拠点へ最大2時間以内。1995年度の自販機設置シェア48.4%(ボトラー平均33.5%)
北九州コカ・コーラボトリングは創業以来、現金取引を原則とし、1985年以降は借入金のない財務を保った。現金での精算は資金繰りに加え、代金を回収する手間とコストも省いた。1993年度の売上高は854億円、経常利益は101億円であり、1995年度まで3年続けて経常利益は100億円を上回った。経常利益率は全国のボトラーの中で最も高かった。1994年6月に福岡証券取引所、1996年11月に東京証券取引所市場第二部への株式上場。無借金のまま上場へ進んだ背景には、工場と自販機への投資資金を市場から調達する手段を持つ狙いがあったと思われる。
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [27]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [28]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [29]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [30]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [31]1994年6月 福岡証券取引所に上場、1996年11月 東京証券取引所市場第二部に上場
参考文献[18]-[31]
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- [18]1972年9月 前契約を改め日本コカ・コーラと再実施許諾契約を締結、1973年7月 商号を北九州コカ・コーラボトリングに変更
- [19]1972年9月 前契約を改め日本コカ・コーラと再実施許諾契約を締結、1973年7月 商号を北九州コカ・コーラボトリングに変更
- [31]1994年6月 福岡証券取引所に上場、1996年11月 東京証券取引所市場第二部に上場
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- [20]テリトリーは福岡・佐賀・長崎3県、本社は福岡市(1996年11月の会社説明)
- [23]鳥栖・基山の両工場はテリトリー中央の鳥栖ジャンクション近くで営業拠点へ最大2時間以内。1995年度の自販機設置シェア48.4%(ボトラー平均33.5%)
- [25]鳥栖・基山の両工場はテリトリー中央の鳥栖ジャンクション近くで営業拠点へ最大2時間以内。1995年度の自販機設置シェア48.4%(ボトラー平均33.5%)
- [27]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [28]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [29]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- [30]創業以来の現金取引で代金回収コストを排除、昭和60年以降無借金。平成5年度 売上高854億円・経常利益101億円、6年度110億円、7年度107億円。経常利益率はボトラー中トップ
- 証券 49(1)(574) 1997年
- [21]昭和50年 ジョージア、57年 リアルゴールド、63年 神葉を投入
- [22]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
- [24]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
- [26]昭和42年 鳥栖工場、49年 需要増に対応して基山工場を開設。問屋を通さず販売担当者が訪問・受注し納品時に代金精算するルートセールス。62年 基山でペットボトル自社成形、平成3年 鳥栖に焙煎工場
出典・参考
3件
- コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス 有価証券報告書 第68期(2025年12月期)【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 34(12) 1996年11月
- 証券 49(1)(574) 1997年