菅澤英夫
大成建設・元取締役社長
社長就任 1975年5月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部建築学科
出自 —
社長就任までの出自
出自
1910年に生まれ、1935年3月に東京帝国大学工学部建築学科を出て同年4月に大倉土木へ入社した。1958年5月に横浜支店長、1961年5月に取締役、1969年5月に常務取締役、1971年5月に代表取締役専務取締役、1974年5月に代表取締役副社長へ進んだ。入社から取締役までは26年で、支店の建築を統括する側から本社の代表権へ上がる経路をたどった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1975年5月に代表取締役社長へ就任した。前任の南幸治氏は同月に代表取締役会長へ移り、副社長には岡田政三氏と川連嘉雄氏が就任している。菅澤氏が代表取締役副社長へ上がったのは前年の1974年5月で、副社長を1年務めただけの交代だった。第一次石油危機の後にあたり、経常利益は1975年3月期の272億円を頂点として1976年3月期は259億円へ下がった。
在任中の主な施策
施策
本体と2社の保有地は約2,000億円まで膨らみ、グループの経常利益に並ぶほどの金利負担を生んでいた。1977年には有楽土地が1億3,000万円、大成プレハブが16億円の経常欠損に陥り、大成道路も42.3%の減益となるなど、分権経営の弱点が子会社で表に出た。菅澤氏は、これまでの放任を改めて統制を少し強める段階へ移るべき時期だと見た。その判断のもとで、土地処分のプロジェクトチームを設け、有楽土地の保有地を半分に減らし、子会社で降格人事を行い、グループ内発注の基準をそろえた。経常利益は1978年3月期に110億円まで下がった。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1935〜1979年
在任中の業績
就任前(FY74)5,565億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-