鹿島建設 の歴代社長

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1990年2000年2010年2020年2026年

宮崎明退任

1990年社長就任

代表取締役社長

梅田貞夫退任

1996年社長就任

代表取締役社長

中村満義退任

2005年社長就任

1996年取締役代表取締役社長

押味至一現任

2015年社長就任

2005年執行役員代表取締役社長

天野裕正退任

2021年社長就任

2009年執行役員代表取締役社長兼社長執行役員
創業社長の関係
創業

1840年、鹿島岩吉氏が江戸・京橋に店を構えて大工棟梁として独立した。2代目の鹿島岩蔵氏が1880年に鹿島組を興して鉄道専業へ転じ、1938年に社長となった鹿島守之助氏は1975年に没するまで37年にわたり経営を率いている。創業家の経営は1990年6月に鹿島昭一氏が退いて終わった。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は中村満義氏・押味至一氏・天野裕正氏・桐生雅文氏の4人で、全員が新卒入社のプロパーである。中村満義氏の営業を除けば建築畑が続き、桐生雅文氏もキャリアの8割超を現場で過ごした。外部招聘やプロ経営者の登用は一度も確認できない。

社長任期の傾向
任期

鹿島守之助氏の28年を最後に長期政権は途絶えた。直近3代は中村満義氏の10年、押味至一氏の6年、天野裕正氏の4年と代を追って短くなっている。2026年1月に天野裕正氏が在任のまま急逝し、会長だった押味至一氏の暫定再任を挟んで6月に桐生雅文氏が13代目を継いだ。

いまの体制への含意
含意

社長を外から選ぶ主体が不在の会社であるように見える。人事委員会は社外取締役と社長で構成する任意機関で、責務は人事の協議にとどまる。2026年6月に監査等委員会設置会社へ移り、取締役14名のうち社外は7名とちょうど半数である。後継の幅も建築畑に絞られている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
鹿島精一1930〜1938年1930年就任8年退任取締役社長
渥美健夫(1966年就任)1966〜1978年1966年就任12年退任外部出身取締役社長決断1968年霞が関ビル完成
石川六郎(1978年就任)1978〜1984年1978年就任6年退任創業家代表取締役社長決断1978年TQCの全社導入
鹿島昭一(1984年就任)1984〜1990年1984年就任6年退任創業家代表取締役社長
宮崎明(1990年就任)1990〜1996年1990年就任6年退任外部出身代表取締役社長
梅田貞夫(1996年就任)1996〜2005年1996年就任9年退任生え抜き代表取締役社長
中村満義(2005年就任)2005〜2015年2005年就任10年退任生え抜き代表取締役社長
押味至一(2015年就任)2015〜2021年・2026年〜現任2015年就任通算7年現任生え抜き代表取締役社長1974年4月に鹿島建設へ入社した。2005年6月に執行役員、2008年4月に常務執行役員、2010年4月に専務執行役員へ進んだ。専務執行役員を5年務め、入社から41年を経た2015年6月に社長へ就任した。役員に上がるまでに31年を費やしており、現場での経験を長く積んだうえでの登用である。決断2018年リニア談合事件で無罪主張2026年監査等委員会設置会社への移行
天野裕正(2021年就任)2021〜2026年2021年就任5年退任生え抜き代表取締役社長兼社長執行役員
歴代社長の在任期間 全9代
1930年1940年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

鹿島精一退任

1930年社長就任

取締役社長

渥美健夫退任

1966年社長就任

1951年入社取締役社長

石川六郎退任

1978年社長就任

1955年入社代表取締役社長

鹿島昭一退任

1984年社長就任

代表取締役社長

宮崎明退任

1990年社長就任

代表取締役社長

梅田貞夫退任

1996年社長就任

1960年入社1989年取締役代表取締役社長

中村満義退任

2005年社長就任

1965年入社1996年取締役代表取締役社長

押味至一現任

2015年社長就任

1974年入社2005年執行役員代表取締役社長

天野裕正退任

2021年社長就任

1977年入社2009年執行役員代表取締役社長兼社長執行役員

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