- 創業
- 1873年10月、大倉喜八郎氏が資本金15万円で大倉組商会を興したのが起点である。土木部門は法人化と個人経営を往復し、資本は大倉家が握り続けた。1946年の財閥解体で大倉喜七郎氏ら常務以上が公職追放となり、1949年6月には役員と従業員が大倉家の全株式を譲り受けて、創業家は資本からも人事からも退いた。
- 登用
- 直近20年の社長は山内隆司氏・村田誉之氏・相川善郎氏の3人で、いずれも新卒入社の生え抜き、しかも全員が東京大学工学部建築学科の出身である。前任の葉山莞児氏も同じ工学部の土木工学科で、外部招聘やプロ経営者の登用は確認できない。入社から就任まで38年から41年かかっている。
- 任期
- 10年を超える政権は1957年以降の13代に一人もいない。最長は里見泰男氏と山内隆司氏の8年で、合議経営と本部制を敷いた本間嘉平氏も6年で退いている。直近3代は8年、5年、就任から6年を過ぎた相川善郎氏と続く。長期政権が生まれないのは支配株主を持たないためだと思われる。
- 含意
- 社長の交代を外から迫る主体が見当たらない。後継を審議する委員会は取締役会の任意機関で、社外が委員長と過半を占めるが、会長と社長本人も委員に並ぶ。2023年の札幌の施工不良と虚偽報告で240億円を失った際も、社長は月額報酬の50%を3か月返上して続投した。
1956〜1959年・4年
1960〜1961年・2年
1962〜1967年・6年/生え抜き
1968〜1973年・6年/生え抜き
1974〜1977年・4年/生え抜き
1978〜1983年・6年/生え抜き
1984〜1991年・8年/生え抜き
1992〜1995年・4年/生え抜き
1996〜1999年・4年/生え抜き
2000〜2005年・6年/生え抜き
2006〜2013年・8年/生え抜き
2014〜2018年・5年/生え抜き
相川善郎現任
2019年〜現在・8年/生え抜き
相川善郎
あいかわ よしろう
生え抜き(1980年入社)。東京支店建築部長から執行役員・常務執行役員・取締役と進み、2020年6月に社長へ
村田誉之
むらた よしゆき
生え抜き(1977年入社)。大成建設ハウジング社長を経て執行役員・常務執行役員・取締役を務め、2015年4月に社長へ
山内隆司
やまうち たかし
生え抜き(1969年入社)。関東支店長から執行役員・常務役員・専務役員・取締役と進み、2007年4月に社長へ
葉山莞児
はやま かんじ
生え抜き(1960年入社)。ダム・トンネル・シールド・海洋土木・地下鉄と土木の現場を一貫して歩み、代表取締役副社長を経て2001年4月に社長へ
平島治
ひらしま おさむ
東京建物を経て1956年に大成建設へ入社。広島支店長・大阪支店長として関西地区の受注を業界14〜15位から3位まで引き上げ、副社長から1997年4月に社長へ
山本兵蔵
やまもと へいぞう
生え抜き(1952年入社)。経済学部出身の事務系で、常務・専務・副社長を経て1993年6月に社長へ
里見泰男
さとみ やすお
生え抜き(1950年入社)。取締役・常務・専務・副社長と昇り、1985年6月に社長へ
佐古一
さこ はじめ
生え抜き(1939年入社)。広島支店に34年勤めたのち常務大阪支店長・専務営業本部長・副社長を経て社長へ
菅澤英夫
すがさわ ひでお
生え抜き(1935年入社)。大倉土木に入社し大阪支店・札幌支店の建築畑を歩み、1975年5月29日に社長へ
生え抜き。営業部長・建築部長を務め、1957年に取締役、1963年に専務を経て1969年5月末に社長へ
生え抜き。財閥解体で常務以上が公職追放となった後、1946年に大阪支店長、1947年に取締役となり、1963年に社長へ