大平喜信
ユキグニファクトリー・元代表取締役社長
社長就任 1985年7月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自
大平喜信氏は1963年3月に六日町立五十沢中学校を卒業し、地元の電機部品メーカーに勤めた。1974年、オイルショックのあおりで退職した。翌1975年、新潟県六日町で大平もやし店を出店した。新潟県で売られていなかった太もやしを量産するためで、家屋の横の栽培室でストーブを不完全燃焼させ、エチレンガスで太さを増す方法を3年かけて見つけた。2010年3月期の大株主は、大平氏が代表を務める大平商事が32.25%、本人が19.15%を持ち、上位2位を創業者側が占めた。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1987年3月に東京営業所を開設した時点で、まいたけの価格は量産により他社より3割から4割安かった。他社並みへ戻して利益幅を広げる道は取らず、さらに増産して価格を下げた。1983年に高値で1kg5,000円だったまいたけは、1994年には年平均1kg1,000円まで下がった。1994年3月、新潟証券取引所の地域産業育成部へ株式を上場した。2002年3月に五泉バイオセンターでぶなしめじ、同年5月に第4バイオセンターでエリンギの生産を開始した。連結経常利益は2004年3月期の11億円から2005年3月期に5億9,000万円へ減少した。
五泉バイオセンター新設雪国まいたけ設立在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1983〜1999年
在任中の業績 FY84→FY12
就任前-
退任時(FY12)265億円
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件
- 日経ビジネス 1995年7月24日号「大平喜信氏[雪国まいたけ社長]温和さに秘めた起業家精神 周囲への反発バネに事業拡大」
- 証券アナリストジャーナル 1994年4月号「雪国まいたけ」(大平喜信・講演)
- 雪国まいたけ 有価証券報告書【役員の状況】