第1章 年〜年

アクシアル リテイリング:原信の設立と「東坂之上店」の開店

1967年〜有限会社原信商店の改組と、長岡市の食品スーパー「東坂之上店」

1967年8月、長岡市の有限会社原信商店は組織を改め、株式会社原信として発足した。設立と同時にチェーンストア志向を明確にし、長岡市内の各地に店舗を開設する方針を立てた。1985年時点で株式会社原信の取締役社長を務めていたのは原信一氏だった。有限会社の商店のままでは多店舗化に要る資本と人材を調達しにくく、店を増やすには株式会社の形態が必要になったと推察される。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1967年8月、(有)原信商店を改組し(株)原信を設立。チェーンストア志向を明確化し長岡市内各地に出店
    • [2]1967年8月、(有)原信商店を改組し(株)原信を設立。チェーンストア志向を明確化し長岡市内各地に出店
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [3]1985年時点の株式会社原信 取締役社長は原信一

株式会社原信が最初に開設したのは、長岡市の食品スーパーマーケット「東坂之上店」だった。この開店を起点に、原信は長岡市内の各地へ同じ業態の店を重ねた。1985年時点の原信は、スーパーマーケットを『人件費を減らすためにセルフサービスをやり、より良い品をより安くということでやってきた』業態と捉えていた。その延長として、売場1坪当たりの売上高と従業員1人当たりの持ち場の拡大が、1985年時点の課題に据えられた。市内に店を重ねる出店の型は、こうした業態の規模の経済を前提にしていたのだろう。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1967年8月、食品スーパーマーケット「東坂之上店」を長岡市に開店し、長岡市内各地に店舗を開店
    • [5]1967年8月、食品スーパーマーケット「東坂之上店」を長岡市に開店し、長岡市内各地に店舗を開店
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [6]スーパーマーケットはセルフサービスで人件費を抑え良品廉価を売ってきた業界で、1坪当たり売上高・1人当たり持ち場の拡大に進むとの認識(1985年)
    • [7]スーパーマーケットはセルフサービスで人件費を抑え良品廉価を売ってきた業界で、1坪当たり売上高・1人当たり持ち場の拡大に進むとの認識(1985年)
参考文献[1]-[7]
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1967年8月、(有)原信商店を改組し(株)原信を設立。チェーンストア志向を明確化し長岡市内各地に出店
    • [2]1967年8月、(有)原信商店を改組し(株)原信を設立。チェーンストア志向を明確化し長岡市内各地に出店
    • [4]1967年8月、食品スーパーマーケット「東坂之上店」を長岡市に開店し、長岡市内各地に店舗を開店
    • [5]1967年8月、食品スーパーマーケット「東坂之上店」を長岡市に開店し、長岡市内各地に店舗を開店
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [3]1985年時点の株式会社原信 取締役社長は原信一
    • [6]スーパーマーケットはセルフサービスで人件費を抑え良品廉価を売ってきた業界で、1坪当たり売上高・1人当たり持ち場の拡大に進むとの認識(1985年)
    • [7]スーパーマーケットはセルフサービスで人件費を抑え良品廉価を売ってきた業界で、1坪当たり売上高・1人当たり持ち場の拡大に進むとの認識(1985年)

1977年〜旧栃尾市の第9号店と、シジシージャパン加入・中之島村の配送センター

1977年3月、原信は長岡市の外へ初めて出て、栃尾市(現・長岡市)に「栃尾店」を開設した。栃尾店は第9号店にあたり、新しい商勢圏の拡大が出店の目的だった。この開店を手始めに、店舗網は新潟県内の各地へ広がった。1985年時点の原信は、スーパーマーケットが『地域から目の敵にされることもあり』、出店には商業活動調整協議会(商調協)への対策が伴うとみていた。原信は長岡市内で8店まで店舗の密度を上げてから、市外へ商圏を広げたと考えられる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
    • [9]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
    • [10]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [11]スーパーマーケットは地域から目の敵にされることがあり、商調協対策が業態の変化にも影響(1985年)

1978年4月、原信は株式会社ローリーを設立し、惣菜の製造加工を始めた。売場に並ぶ惣菜を、外から仕入れずグループ内で作る体制の確立。1985年時点の原信は、店で売る品の中心を『お客様から手にとって良さを確認してもらう商品』に置いていた。品質や値段に差のつかない品は無店舗販売に流れ、店には生鮮食品や新製品が残るという見立ても、同じ時点の原信にあった。惣菜の自製は、店で手に取って選ばれる品を自前で揃える手段だったとみられる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1978年4月、(株)ローリー(現・連結子会社)を設立し、惣菜の製造加工を開始
    • [13]1978年4月、(株)ローリー(現・連結子会社)を設立し、惣菜の製造加工を開始
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [14]店で売る商品は客が手に取って良さを確認する商品で、コモディティ・グッズは無店舗販売の本命、店では生鮮・新製品を売るとの認識(1985年)
    • [15]店で売る商品は客が手に取って良さを確認する商品で、コモディティ・グッズは無店舗販売の本命、店では生鮮・新製品を売るとの認識(1985年)

1979年3月、原信は共同集中仕入機構の株式会社シジシージャパンに加入し、継続的な商取引の契約を結んだ。1980年12月には商品仕入の集中化に向け、中之島村(現・長岡市)に配送センターを開設した。1982年8月には本部事務所も同じ村へ移転。1985年時点で原信はシジシージャパン(CGC)のボランタリーチェーンに属し、販売力の競争では『自分が大きくなるのか、または、ボランタリーチェーンを組むかしなければ生きていけない』という認識を持っていた。単独では足りない仕入の量を共同仕入で補い、配送センターで店への供給を一か所に集約したと思われる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1979年3月、(株)シジシージャパン(共同集中仕入機構)に加入し継続的商取引契約を締結
    • [17]1980年12月、商品仕入の集中化を図るため配送センターを南蒲原郡中之島村に開設
    • [18]1982年8月、本部事務所を中之島村に移転
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [19]CGCは原信のボランタリーチェーン。販売力の競争には自ら大きくなるかボランタリーチェーンを組むかが必要との認識(1985年)
参考文献[8]-[19]
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
    • [9]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
    • [10]1977年3月、新商勢圏拡大のため長岡市外の栃尾市に「栃尾店」(第9号店)を開店し、県内各地への出店の手始めとした
    • [12]1978年4月、(株)ローリー(現・連結子会社)を設立し、惣菜の製造加工を開始
    • [13]1978年4月、(株)ローリー(現・連結子会社)を設立し、惣菜の製造加工を開始
    • [16]1979年3月、(株)シジシージャパン(共同集中仕入機構)に加入し継続的商取引契約を締結
    • [17]1980年12月、商品仕入の集中化を図るため配送センターを南蒲原郡中之島村に開設
    • [18]1982年8月、本部事務所を中之島村に移転
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」
    • [11]スーパーマーケットは地域から目の敵にされることがあり、商調協対策が業態の変化にも影響(1985年)
    • [14]店で売る商品は客が手に取って良さを確認する商品で、コモディティ・グッズは無店舗販売の本命、店では生鮮・新製品を売るとの認識(1985年)
    • [15]店で売る商品は客が手に取って良さを確認する商品で、コモディティ・グッズは無店舗販売の本命、店では生鮮・新製品を売るとの認識(1985年)
    • [19]CGCは原信のボランタリーチェーン。販売力の競争には自ら大きくなるかボランタリーチェーンを組むかが必要との認識(1985年)

出典・参考

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出典・参考
  • 有価証券報告書【沿革】
  • 新潟経済社会リサーチセンター月報 1985年5月号 原信一「流通VANをいかに活用していくか――情報化時代における原信の経営戦略」

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