第1章 年〜年

三谷商事:三谷弥平の福井でのセメント販売創業と戦時統制

1914年〜三谷弥平氏が福井で始めたセメント・石炭の個人営業と、三谷合名会社

三谷商事の前身は、1914年に三谷弥平氏が個人営業で始めたセメントと石炭の販売店である。創業時の店名は三谷商店。開業の月は資料により食い違い、1968年の企業史は3月、1963年の経済誌は4月と記した。三谷弥平氏が2品目を扱った背景には、当時セメントと石炭に対する需要が増え始めていた事情があった。1963年の経済誌は、北陸の福井に本拠を置く三谷商事の起点をこの個人営業に求めた。建設資材と燃料という、需要の増加が見えていた2品目に絞って商いを起こしたとみられる。

  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [1]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
    • [3]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
    • [5]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [2]前身は1914年に三谷弥平が個人営業でセメント・石炭販売を目的に創業した三谷商店
  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号
    • [4]福井に本拠を置く三谷商事の起源は1914年(大正3年)4月、三谷弥平の個人営業による石炭・セメント販売の開始
    • [6]福井に本拠を置く三谷商事の起源は1914年(大正3年)4月、三谷弥平の個人営業による石炭・セメント販売の開始

1921年、三谷弥平氏の個人営業は三谷合名会社に改組した。改組の前には、セメントと石炭の需要増を受けて業績が年々向上していた。有価証券報告書も、三谷商店から三谷合名会社の設立へと前身の歩みを記載した。1963年の経済誌は、上場直前の三谷商事を地方の同族会社と呼び、経営者は三谷弥平氏から数えて3代目の三谷宏治氏であった。取引量の増加に合わせて法人組織を整えつつ、出資を一族に限れる合名会社を選んだと推察される。

  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [7]需要増大で年々業績が向上し、1921年(大正10年)に三谷合名会社を設立
    • [8]需要増大で年々業績が向上し、1921年(大正10年)に三谷合名会社を設立
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [9]1921年に三谷合名会社を設立
  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号
    • [10]1963年時点で三谷商事は地方の同族会社。社長三谷宏治は3代目
参考文献[1]-[10]
  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [1]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
    • [3]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
    • [5]1914年(大正3年)3月、三谷弥平が個人経営でセメント・石炭などの販売を開始。当時両品の需要が増大していた
    • [7]需要増大で年々業績が向上し、1921年(大正10年)に三谷合名会社を設立
    • [8]需要増大で年々業績が向上し、1921年(大正10年)に三谷合名会社を設立
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [2]前身は1914年に三谷弥平が個人営業でセメント・石炭販売を目的に創業した三谷商店
    • [9]1921年に三谷合名会社を設立
  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号
    • [4]福井に本拠を置く三谷商事の起源は1914年(大正3年)4月、三谷弥平の個人営業による石炭・セメント販売の開始
    • [6]福井に本拠を置く三谷商事の起源は1914年(大正3年)4月、三谷弥平の個人営業による石炭・セメント販売の開始
    • [10]1963年時点で三谷商事は地方の同族会社。社長三谷宏治は3代目

1928年〜石炭年10万トンを扱った旧三谷商事と、統制経済で迫られた休業

1928年、三谷合名会社は株式会社に改組し、旧三谷商事株式会社となった。改組と同時に、金沢、敦賀、伏木、長浜、大津、大垣の6か所に出張所を開設した。大阪には出張所でなく駐在員を配置。有価証券報告書は、6か所の事業所開設を商圏の拡大と位置づけた。港町の敦賀・伏木と、近江・美濃の内陸の町に同時に出張所を置いた配置からみて、石炭とセメントの売り先を福井県の外の北陸と琵琶湖周辺へ求めたとみられる。

  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [11]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
    • [12]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
    • [13]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [14]1928年に旧三谷商事株式会社に改組し、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に事業所を開設して商圏を拡大

戦前の旧三谷商事は、石炭を年間10万トン、セメントを年間6万トン取り扱った。1963年の経済誌は、この取扱量を根拠に全国一流業者の地位にあったと評した。しかし戦時中は統制経済の影響で販売を続けられず、旧三谷商事は一時休業に至った。休業の年はどの資料にも記載がない。事業を再建したのは2代目の三谷進一氏で、終戦後の1946年3月であった。石炭とセメントの2品目に商いを絞っていた分、統制で自由な販売を失った打撃は事業全体に及んだのだろう。

  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号
    • [15]戦前すでに石炭年間10万トン・セメント6万トンを取り扱い、全国一流業者の地位にあった
    • [16]戦前すでに石炭年間10万トン・セメント6万トンを取り扱い、全国一流業者の地位にあった
  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [17]戦時中は統制経済のあおりで一時休業。終戦直後に三谷進一が1946年(昭和21年)3月に再建
    • [19]戦時中は統制経済のあおりで一時休業。終戦直後に三谷進一が1946年(昭和21年)3月に再建
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [18]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
    • [20]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
    • [21]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
参考文献[11]-[21]
  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
    • [11]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
    • [12]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
    • [13]1928年(昭和3年)に合名会社を改組して旧三谷商事㈱とし、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に出張所を開設、大阪に駐在員を配置
    • [17]戦時中は統制経済のあおりで一時休業。終戦直後に三谷進一が1946年(昭和21年)3月に再建
    • [19]戦時中は統制経済のあおりで一時休業。終戦直後に三谷進一が1946年(昭和21年)3月に再建
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
    • [14]1928年に旧三谷商事株式会社に改組し、金沢・敦賀・伏木・長浜・大津・大垣に事業所を開設して商圏を拡大
    • [18]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
    • [20]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
    • [21]戦時統制のため一時休業し、戦後2代目三谷進一が1946年3月に再建
  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号
    • [15]戦前すでに石炭年間10万トン・セメント6万トンを取り扱い、全国一流業者の地位にあった
    • [16]戦前すでに石炭年間10万トン・セメント6万トンを取り扱い、全国一流業者の地位にあった

出典・参考

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出典・参考
  • 三谷商事 有価証券報告書 第109期(2026年3月期)【沿革】
  • 企業の歴史 明治百年 1968「三谷商事」p314
  • 週刊日本経済 16(49) 1963年12月5日号

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