林虎雄

デンソー・元取締役社長

Hayashi Torao(敬称略)

更新:
社長就任 1949年
生年月日 1893年1月1日
学歴 —
出自 トヨタ自動車工業
社長就任までの出自
出自

トヨタ自動車工業の刈谷工場で電装部門を率いた工場長から、分離独立した新会社の社長へ移った。日本電装は1949年12月、同社の企業再建整備計画に基づく資本金1500万円の第二会社として発足した。豊田自動織機製作所の石田退三氏が財閥指定を避けて豊田関係の会社を分割し、電装部門を日本電装として切り出した結果である。1955年6月時点の大株主は豊田自動織機・ロバート・ボッシュ社・トヨタ自動車が上位を占め、林氏個人は第8位に入った。資本の裏づけは限られていたとみられる。

社長に選ばれた経緯
抜擢

初代社長として、トヨタ自動車工業から切り出された直後の会社を託された。1949年に始まったドッジ・ラインの金融引き締めは自動車業界を直撃し、日本電装は翌1950年5月に3割へ及ぶ人員整理を含む企業整備を実施した。同年6月の朝鮮動乱を境に社業は好調へ転じた。電装部門の現場を預かってきた経験が、再建を任せる理由になったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1953年に電装品で世界有数のロバート・ボッシュ社と技術提携し、株式の10%を割り当てた。1954年4月に技師2名をドイツへ派遣し、8月にボッシュの技術者2名を刈谷へ迎えた。同年にカーヒーターの製造を始め、1955年2月に噴射ポンプと点火プラグを提携品目へ加え、1957年にカーエアコンへ広げた。1957年に愛知電装を設立して点火栓の生産に着手し、1959年に吸収合併した。1961年には自動車部品メーカーとして初めてデミング賞を受賞した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1893〜1966年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー