市川恒雄

住友重機械工業・元取締役社長

Ichikawa Tsuneo(敬称略)

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社長就任 1965年2月
生年月日 —
学歴 神戸高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自

1900年に山口県で生まれ、1924年に神戸高等商業学校を卒業して同年4月に住友銀行へ入行した。銀行で31年を過ごし、1955年4月に本店支配人へ就任した。その翌月に住友機械工業の常務取締役として移り、1956年11月に専務取締役へ進んだ。技術者だった木村音吉氏とは違い、経理と資金の側から経営に入った人であった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1965年2月に木村音吉氏が取締役相談役へ退き、専務取締役だった市川恒雄氏が社長に就任した。同じ月に副社長の川島清嗣氏が取締役会長へ移り、1955年5月に住友グループ各社から入った3人の序列がそのまま繰り上がった。就任前の1965年3月期は売上200億円・当期利益10億6000万円で、10年前の赤字は解消されていた。

在任中の主な施策
施策

1969年6月に造船大手の浦賀重工業を吸収合併し、社名を住友重機械工業へ改めた。売上は1969年3月期の417億円から1970年3月期の904億円へ倍増し、産業機械の会社に新造船が加わった。浦賀重工業の社長だった大塚振武氏は合併後に副社長として残った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1955〜1970年
在任中の業績
就任前(FY63)175億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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