第1章 年〜年

いよぎんホールディングス:第二十九国立銀行・第五十二国立銀行の開業と今治商業銀行の設立

1878年〜川之石と松山に開いた2つの国立銀行と、今治商業銀行の設立

愛媛県で最初に開業した国立銀行は、1878年3月15日に営業を始めた、旧宇和島藩領の西宇和郡川之石浦の第二十九国立銀行。発端は、旧宇和島藩主の伊達宗城氏が東京に設けた第二十国立銀行の関係者が川之石を訪ね、蝋座取締の矢野小十郎氏へ設立を勧めたことにあった。川之石は幕末に藩へ9千両を献金した土地で、1875年には矢野小十郎氏らの潤業会社が製糸業向けに金貸しを営んでいた。松山の第五十二国立銀行は興産会社との共同出資案が崩れ、金禄公債だけで資本金7万円を用意して1878年9月25日に開業した。第五十二国立銀行は1897年に普通銀行へ転換し、1941年9月に伊豫合同銀行を設立した3行には松山五十二銀行が加わった。出資者層の厚さと既存の金融の下地が、県都より先に川之石へ銀行をもたらしたとみられる。

  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(国立銀行の設立)
    • [1]第二十九国立銀行は旧宇和島藩内の西宇和郡川之石浦に設立され、1878年1月29日に開業免許、同年3月15日に開業
    • [2]伊達宗城が設けた第二十国立銀行の今岡好譲・宇都宮綱條が川之石の矢野小十郎を訪れ銀行設立を勧めた
    • [3]維新前の宇和島藩の献金要請に川之石地方だけで9千両。1875年に矢野小十郎らが潤業会社を設立し製糸業向けに金貸業
    • [4]興産会社との共同出資計画は士族の反対で挫折、士族の金禄公債のみで資本金7万円。1878年2月7日認可、9月25日開業
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(私立銀行の設立)
    • [5]1897年の国立銀行の普通銀行転換で第二十九銀行・五十二銀行が生まれた
  • 会社銀行八十年史(1955)「伊豫銀行」【創業】
    • [6]1941年9月、松山五十二・今治商業・豫州の3行が合併し伊豫合同銀行を設立

今治では綿織物業の綿ネルへの転換を背景に、1892年5月に今治融通株式会社が設立され、翌1893年11月に今治銀行へ改称した。松山の第五十二国立銀行も1885年に今治支店を開設し、この年の預金残高を大きく押し上げた。日清戦争後の好況のなかで愛媛県では1896年に12行が設立され、今治商業銀行はその1つとして同年9月に設立された。1900年9月には今治商業銀行が今治銀行に合併され、存続した銀行は今治商業銀行へ改称。1941年9月、大蔵省の一県一行主義のもとで今治商業銀行・松山五十二銀行・豫州銀行の3行が合併し、伊豫合同銀行が発足した。綿織物の産地で地元資本の銀行が統合を重ねたことが、東予の商業金融の核を形づくったのだろう。

  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(私立銀行の設立)
    • [7]1892年5月、今治地方綿織物業の綿ネル転換・工場制手工業採用を背景に今治融通株式会社設立、1893年11月今治銀行と改称
    • [9]1896年に愛媛県で設立された銀行は12行、今治商業銀行は同年9月設立
    • [10]1900年9月、今治商業銀行が今治銀行に合併され、合併後に今治商業銀行と改称
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(国立銀行の設立)
    • [8]第五十二国立銀行の預金は1885年に御用預金の回復と今治支店の開店で急増
  • 証券 1971年 沿革
    • [11]1941年9月1日、大蔵省の一県一行主義の方針のもと今治商業銀行・松山五十二銀行などが合併し伊豫合同銀行を創立
  • 会社銀行八十年史(1955)「伊豫銀行」【創業】
    • [12]伊豫合同銀行は松山五十二・今治商業・豫州の3行合併で設立、本店は松山市
参考文献[1]-[12]
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(国立銀行の設立)
    • [1]第二十九国立銀行は旧宇和島藩内の西宇和郡川之石浦に設立され、1878年1月29日に開業免許、同年3月15日に開業
    • [2]伊達宗城が設けた第二十国立銀行の今岡好譲・宇都宮綱條が川之石の矢野小十郎を訪れ銀行設立を勧めた
    • [3]維新前の宇和島藩の献金要請に川之石地方だけで9千両。1875年に矢野小十郎らが潤業会社を設立し製糸業向けに金貸業
    • [4]興産会社との共同出資計画は士族の反対で挫折、士族の金禄公債のみで資本金7万円。1878年2月7日認可、9月25日開業
    • [8]第五十二国立銀行の預金は1885年に御用預金の回復と今治支店の開店で急増
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(私立銀行の設立)
    • [5]1897年の国立銀行の普通銀行転換で第二十九銀行・五十二銀行が生まれた
    • [7]1892年5月、今治地方綿織物業の綿ネル転換・工場制手工業採用を背景に今治融通株式会社設立、1893年11月今治銀行と改称
    • [9]1896年に愛媛県で設立された銀行は12行、今治商業銀行は同年9月設立
    • [10]1900年9月、今治商業銀行が今治銀行に合併され、合併後に今治商業銀行と改称
  • 会社銀行八十年史(1955)「伊豫銀行」【創業】
    • [6]1941年9月、松山五十二・今治商業・豫州の3行が合併し伊豫合同銀行を設立
    • [12]伊豫合同銀行は松山五十二・今治商業・豫州の3行合併で設立、本店は松山市
  • 証券 1971年 沿革
    • [11]1941年9月1日、大蔵省の一県一行主義の方針のもと今治商業銀行・松山五十二銀行などが合併し伊豫合同銀行を創立

出典・参考

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出典・参考
  • 会社銀行八十年史(1955)「伊豫銀行」【創業】
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(国立銀行の設立)
  • 伊予銀行『伊予銀行史』1971年 第1編(私立銀行の設立)
  • 証券 1971年 沿革

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