第1章 年〜年

品川リフラクトリーズ:耐火煉瓦の製造開始と品川白煉瓦製造所の発足

1875年〜西村勝三氏が芝浦の仮工場で始めた民間初の耐火煉瓦と、渋沢栄一氏の勧め

西村勝三氏は1875年、東京芝浦で耐火煉瓦の製造を開始。民間の事業者による耐火煉瓦の製造は、これが国内で最初である。取締役専務執行役員の金重利彦氏は2022年の統合報告書の座談会で、創業の経緯を『約150年前の明治初期のころに、渋沢栄一の勧めと援助を受けて、当社創業者である西村勝三が耐火れんがの製造を開始しました』と振り返った。品川リフラクトリーズは、芝浦で製造を始めた1875年を創業の年と定めた。高温の窯や炉を国内に築くには耐火煉瓦の供給元が欠かせず、渋沢栄一氏の勧めはその供給元を民間に立てる狙いだったとみられる。

  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [1]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
    • [2]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
    • [4]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
  • 品川リフラクトリーズ 統合報告書 2022
    • [3]明治初期に渋沢栄一の勧めと援助を受け、創業者西村勝三が耐火れんがの製造を開始

芝浦の工場は仮工場として始まり、製法の指導はフランス人のペレゲレン氏が担った。ダイヤモンド会社産業総覧の1964年版は、この創業を沿革に『明治8年故西村勝三が仏人ペレゲレンの指導により東京芝浦の仮工場において耐火煉瓦の製造を開始』と記した。この製造開始は、民間で初めての耐火煉瓦の製造だった。1964年時点の品川白煉瓦は国内最初の珪石煉瓦メーカーで、早くから海外企業と技術提携を結んでいた。外国人の指導で製法を立ち上げた創業の経緯が、海外の技術を取り入れる姿勢の起点になったと推察される。

  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [5]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携
    • [6]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携
    • [8]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携
  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [7]1875年の芝浦での製造開始は民間として初めての耐火煉瓦製造
参考文献[1]-[8]
  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [1]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
    • [2]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
    • [4]1875年に西村勝三が東京芝浦で民間として初めて耐火煉瓦の製造を開始(創業)
    • [7]1875年の芝浦での製造開始は民間として初めての耐火煉瓦製造
  • 品川リフラクトリーズ 統合報告書 2022
    • [3]明治初期に渋沢栄一の勧めと援助を受け、創業者西村勝三が耐火れんがの製造を開始
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [5]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携
    • [6]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携
    • [8]明治8年、西村勝三が仏人ペレゲレンの指導で東京芝浦の仮工場で耐火煉瓦製造を開始。1964年時点で国内最初の珪石煉瓦メーカー、早くから外国企業と技術提携

1884年〜深川・品川への移転で名乗った品川白煉瓦製造所と、福島県の小名浜工場

1884年9月、芝浦の工場は東京深川の工場に合併され、伊勢勝白煉瓦製造所が発足した。ダイヤモンド会社産業総覧の1964年版は、この動きを沿革に『17年深川に移転拡張』と記す。芝浦の仮工場で製造を始めてから9年が過ぎ、製造の拠点は仮の設備から拡張を伴う工場へ移った。仮工場の規模では受注に応じきれず、深川の工場と合わせて生産の規模を広げる必要が生じたと思われる。

  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [9]1884年9月、東京深川に芝浦の工場を合併し伊勢勝白煉瓦製造所が発足
    • [11]1884年9月、東京深川に芝浦の工場を合併し伊勢勝白煉瓦製造所が発足
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [10]明治17年、深川に移転拡張

1887年10月、深川の工場は東京品川へ移り、名を品川白煉瓦製造所に改めた。明治20年に当たるこの移転で、品川白煉瓦製造所の呼称が定まった。深川での発足からおよそ3年で、製造所は2度目の移転を迎えた。地名の品川を冠した名は、1903年6月に発足する品川白煉瓦株式会社の社名に引き継がれた。現在の社名の品川リフラクトリーズも、この製造所の名に由来する。芝浦から深川、品川へと移転を重ねたのは、拡張に見合う用地を東京の湾岸に求めた結果なのだろう。

  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [12]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [14]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [15]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [16]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [13]明治20年、品川に移転し品川白煉瓦製造所と呼称

1895年12月、品川白煉瓦製造所は福島県小名浜に小名浜工場を建設。それまで東京に置いてきた生産拠点を、初めて東京の外に設けた。小名浜工場は1906年5月に同じ福島県の湯本町へ移り、湯本工場となった。1963年3月末の時点で、常磐市の湯本工場は粘土を生産品目に掲げ、品川白煉瓦は常磐地方で小規模の炭鉱も経営していた。1903年6月、製造所は資本金25万円の品川白煉瓦株式会社に改組し、東京と福島の工場を会社組織で運営する段階に入った。粘土と石炭を産する常磐地方に工場を置いたのは、原料と燃料に近い土地で焼成するためだったと考えられる。

  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [17]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [18]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [19]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [21]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [20]1963年3月末時点で湯本工場は常磐市にあり生産品目は粘土。福島県常磐地方で小規模の炭鉱を経営
参考文献[9]-[21]
  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
    • [9]1884年9月、東京深川に芝浦の工場を合併し伊勢勝白煉瓦製造所が発足
    • [11]1884年9月、東京深川に芝浦の工場を合併し伊勢勝白煉瓦製造所が発足
    • [12]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [14]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [15]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [16]1887年10月、東京品川に深川の工場を移転し品川白煉瓦製造所と改名。1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組。提出会社名は品川リフラクトリーズ株式会社
    • [17]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [18]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [19]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
    • [21]1895年12月福島県小名浜に小名浜工場を建設、1903年6月品川白煉瓦株式会社に改組(資本金25万円)、1906年5月湯本町に移転し湯本工場を建設
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】
    • [10]明治17年、深川に移転拡張
    • [13]明治20年、品川に移転し品川白煉瓦製造所と呼称
    • [20]1963年3月末時点で湯本工場は常磐市にあり生産品目は粘土。福島県常磐地方で小規模の炭鉱を経営

出典・参考

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出典・参考
  • 品川リフラクトリーズ 有価証券報告書(2020年6月)【沿革】
  • 品川リフラクトリーズ 統合報告書 2022
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「品川白煉瓦」【沿革】

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