石川三郎 日本触媒・元取締役社長 Ishikawa Saburo(敬称略) 更新:2026/09/15 社長就任 1981年2月 生年月日 1913年1月1日 学歴 京都帝国大学工学部工業化学科 出自 — 社長就任までの出自 出自 1913年に兵庫県で生まれ、1936年3月に京都帝国大学工学部を卒業して南満洲鉄道の中央試験所に入り、1949年11月に日本触媒化学工業へ入社した。1957年7月に取締役、1963年7月に常務取締役、1965年7月に専務取締役へ進み、担当は生産だった。同じ試験所から移った佐久山滋氏と中島爾氏も役員に並んでおり、満洲で触媒を研究した技術者が戦後の役員会を占めていた。工場と生産を見続けた技術者である。 社長に選ばれた経緯 抜擢 1979年2月に専務取締役から代表取締役副社長へ上がり、同じ月に石坂一郎氏と中島爾氏が専務へ昇格した。副社長を2年務めた後、1981年2月に北野精一氏の後を継いで社長に就任している。1970年に八谷泰造氏が急逝したときは事務担当の北野氏が選ばれ、技術担当だった石川三郎氏は専務のまま据え置かれていた。11年を置いて技術の側へトップが戻る交代だったと思われる。 在任中の主な施策 施策 就任の翌月にあたる1981年3月、姫路研究所と川崎研究所を新設した。1982年9月にメタクリル酸とそのエステル、1983年11月には姫路製造所で高吸水性樹脂の製造を開始している。紙おむつ向けの高吸水性樹脂は1985年の参入で後発だったが、アクリル酸を自前で持つ原価が効いて先発の三洋化成工業を1年で上回った。無水フタル酸から続いた気相酸化の触媒技術が、最終製品まで下りた5年である。 在任の評価 評価 執筆予定 経歴 1913〜1986年 在任中の業績 売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前(FY79)997億円退任時-変化-売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前-退任時-変化- 参考文献 2件 参考文献日本企業要覧 1970年版日本企業要覧 1979年版