北野精一

日本触媒・元取締役社長

Kitano Seiichi(敬称略)

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社長就任 1970年4月
生年月日 1911年1月1日
学歴 神戸高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自

1911年に兵庫県で生まれ、1932年3月に神戸高等商業学校を卒業し、1938年2月にヲサメ硫酸工業へ入社した。1948年1月に取締役、1961年4月に取締役経理部長、1963年7月に常務取締役、1965年7月に専務取締役へ進み、担当は事務だった。同じ時期に専務を務めた石川三郎氏は技術担当、佐久山滋氏は研究開発担当で、いずれも京都帝国大学工学部の出身である。技術者の並ぶ役員会で、経理から上がった数少ない一人だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1970年3月に社長の八谷泰造氏が在任のまま急逝し、翌4月に専務取締役だった北野精一氏が社長に就任した。役員欄では技術担当の石川三郎氏、研究開発担当の佐久山滋氏が同じ専務に並んでおり、年次の序列だけで決まる交代ではなかった。創業者が技術で会社を設立して資本金を超える設備投資を重ねた後を受ける人事で、拡張の続きより財務の管理を重んじた選択だったと思われる。

在任中の主な施策
施策

1970年に気相酸化技術を応用したアクリル酸の国産化に成功し、1972年10月にはセカンダリーアルコールエトキシレートの製造を開始した。1972年の時点で海外からの技術導入を廃した自社技術主義が業績に効いており、酸化と触媒に的を絞ったため研究開発費は売上の2%程度に収まっていた。自動車の排気ガス浄化触媒では米国に合弁会社を設立し、ゼネラルモーターズへの供給契約を締結して1974年7月に納入を始めている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1911〜1981年
在任中の業績
就任前(FY69)202億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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