野口遵
旭化成・元社長
経歴1906〜1944年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1906年主要役職の状況(推定含む目安)1944年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 曾木電気(のち日本窒素肥料、現・チッソ) | 1906 | 設立 | ||
| 1908 | 改称 | ||||
| 旭化成 | 1922 | 設立 | |||
| 日本ベンベルグ絹絲 | 1929 | 設立 | |||
| 旭化成(旧・延岡アンモニア絹絲) | 1931 | 設立 社長 | |||
| 1933 | 社長 | ||||
| 1943 | 社長 | ||||
| 1944 | 社長 死去 |
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1932年10月、延岡でビスコース式レーヨン工場の建設に着手した。1933年5月に延岡アンモニア絹絲・日本ベンベルグ絹絲・旭絹織の3社の合併を決め、7月に旭ベンベルグ絹絲が発足した。人絹に使う苛性ソーダを自給するため、水銀法電解のソーダ工場を薬品工場の隣に建てた。1935年9月にはグルタミン酸ソーダの製造を始めて食品事業へ進出し、1943年4月には日本窒素火薬を合併して社名を日窒化学工業に改めた。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献4件
参考文献
- 野口研究所 案内パンフレット「創立者 野口遵(のぐち したがう)について」
- 旭化成工業『薬品部30年史』(1954)第一章 草創期・第三章 延岡工場の発展
- 旭化成工業『旭化成火薬30年史』(1964)第2章 野口遵社長の業績
- 旭化成 有価証券報告書 第134期(2025年3月期)【沿革】
事実根拠:出所(旭化成)