中島董一郎
キユーピー・元取締役(経営を受託。のち取締役社長)
社長就任1923年
生年月日—
学歴水産講習所製造科
出自—
経歴1907〜1971年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1907年主要役職の状況(推定含む目安)1973年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 若菜商店 | 1907 | 入社 | ||
| 1912 | 農商務省海外実業練習生(英国・米国) | ||||
| 中島董商店(旧・中島商店) | 1918 | 創業 | |||
| キユーピー | 1919 | 設立 取締役 | |||
| 1923 | 取締役(経営を受託。のち取締役社長) | ||||
| 1971 | 社長 退任 |
社長就任までの出自
出自
1883年8月22日、愛知県に生まれた。1907年に水産講習所の製造科を卒業し、銀座で缶詰を扱う若菜商店に勤めた。1911年にはカムチャツカへ渡り、紅鮭缶詰の製造に携わった。1912年に農商務省の海外実業練習生として英国と米国へ派遣され、缶詰と瓶詰の製造を4年にわたって学んだ。滞在中に米国の缶詰工場で口にしたマヨネーズを、日本人の嗜好に合う食品とみて帰国した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1919年11月、各種ソースと加工食料品の製造を目的として、東京都中野区小滝町に食品工業株式会社が設立された。資本金は15万円で、中島董一郎氏は役員の一人として名を連ねた。設立当初は野菜を主とする加工食料品を手がけたが業績が振るわず、生産を一時止めている。1923年、食品工業の経営は取締役の中島董一郎氏に委ねられた。1918年に興した販売の中島商店で収益の基盤を築いていた中島董一郎氏が、製造の会社の経営も兼ねた。
在任中の主な施策
施策
1925年3月にキユーピーマヨネーズの製造を始め、1951年10月には東京都北多摩郡神代村に東京工場を設けた。中島董一郎氏は取引先の接待や景品つき販売に費用を使わず、その分を価格の引き下げに回した。1950年から1952年にかけて標準品70グラムは110円から55円へ下がり、水産大手の参入後も市場占有率80%以上を保った。1957年9月に商号をキユーピーへ改め、1970年7月に東京証券取引所市場第二部へ上場した。1971年10月の誌面では、すでに会長として紹介されている。
創業ストーリー
創業ストーリー
業績貢献
中島董一郎氏:在任中の業績貢献
売上高:1965年11月期〜1976年11月期
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| 決算期 | 在任 | 売上高 | 前期比 | 営業利益率 | ROE | 主な施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1965年11月期 | 134億円 | — | — | — | ||
| 1966年11月期 | 165億円 | +23.1% | — | — | 倉庫部門を分離しキユーピー倉庫を設立 | |
| 1967年11月期 | 188億円 | +13.9% | — | — | ||
| 1968年11月期 | 218億円 | +16.0% | — | — | ||
| 1969年11月期 | 243億円 | +11.5% | — | — | 本社を移転 | |
| 1970年11月期 | 273億円 | +12.3% | — | — | 株式を東京証券取引所市場第二部に上場 | |
| 1971年11月期 | 322億円 | +17.9% | — | — | ||
| 1972年11月期 | 365億円 | +13.4% | — | — | ||
| 1973年11月期 | 470億円 | +28.8% | — | — | ||
| 1974年11月期 | 656億円 | +39.6% | — | — | ||
| 1975年11月期 | 829億円 | +26.4% | — | — | ||
| 1976年11月期 | 894億円 | +7.8% | — | — |
参考文献7件
事実根拠:出所(キユーピー)