丸大食品:小森敏之氏の丸大食品工場創業と株式会社への改組
1954年〜売れなくなった鮪で魚肉ハムを作った福島区の丸大食品工場と、小売店を回る持廻り直販
小森敏之氏は1954年10月、大阪市福島区に個人経営の丸大食品工場を設け、魚肉を原料にハムとソーセージを作り始めた。着眼の起点は、原爆実験を境に鮪の消費量が急激に減った事情にあった。小森敏之氏は需要を失った鮪の用途を探り、鮪とカジキに豚脂を加えた原料の組み合わせを考案した。当初は株式会社ではなく、製造と販売を自ら手がける個人企業としての出発。1958年6月に株式会社へ改めるまでの約3年8か月、事業は小森敏之氏の個人経営として続いた。社のマークは、丸く大きく発展しようという小森敏之氏の理想を図案化したものである。消費が減って値の下がった鮪を原料に充てたことで、資本の乏しい個人工場でも原料費を抑えて参入できたと推察される。
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [1]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [2]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [3]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [6]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [4]小森敏之は1954年、個人企業として魚肉ハム・ソーセージの製造販売を始めた。1958年6月に株式会社に改組
- [5]小森敏之は1954年、個人企業として魚肉ハム・ソーセージの製造販売を始めた。1958年6月に株式会社に改組
丸大食品工場は創業時から、問屋を通さずに小売店を1軒ずつ回って製品を納める持廻りの直販を売り方の基本に置いた。株式上場時の1968年でも、小売店への直接の持廻り販売を原則とし、問屋の利用は一部にとどめていた。同年の紹介記事は直販の利点として、流通が速く製品の鮮度が高いこと、代金の回収率がよいことを挙げた。問屋に払う中間マージンを省ける点も、直販の強みの一つ。後年の売上の着実な増加は、この直販の仕組みと製品構成の拡大が重なった結果と位置づけられた。大手の問屋網に入り込めない後発の小工場にとって、自ら店頭を回る直販は販路と運転資金を同時に確保する手段だったとみられる。
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [7]創業以来の小売店持廻り直販システムが製品拡大とあいまって売上を着実に増加させた
- [11]創業以来の小売店持廻り直販システムが製品拡大とあいまって売上を着実に増加させた
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [8]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
- [9]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
- [10]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
参考文献[1]-[11]
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [1]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [2]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [3]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [6]1954年10月、小森敏之が原爆実験による鮪の消費急減に着目し、鮪・カジキ・豚脂を主原料に魚肉ハム・ソーセージの製造を丸大食品工場として大阪市福島区で開始。社章は「丸く大きく発展しよう」の理想を図案化
- [7]創業以来の小売店持廻り直販システムが製品拡大とあいまって売上を着実に増加させた
- [11]創業以来の小売店持廻り直販システムが製品拡大とあいまって売上を着実に増加させた
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [4]小森敏之は1954年、個人企業として魚肉ハム・ソーセージの製造販売を始めた。1958年6月に株式会社に改組
- [5]小森敏之は1954年、個人企業として魚肉ハム・ソーセージの製造販売を始めた。1958年6月に株式会社に改組
- [8]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
- [9]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
- [10]1968年時点で小売店への直接持廻り販売を原則とし一部問屋を利用。直販の利点は流通の迅速・鮮度・代金回収率・中間マージンの省略
1958年〜大淀区の新工場と資本金900万円の株式会社への改組と、近畿の外へ広げた販売網
事業の発展に伴い、小森敏之氏は1958年6月に大阪市大淀区へ新工場を建設し、製造の拠点を移した。同じ1958年6月、事業の将来性を見込んで、資本金900万円の株式会社組織に改めた。株式会社としての実質上の設立日は、1958年6月10日にあたる。登記上の設立日は1950年2月8日だが、これは1963年1月に丸大食品株式会社を吸収合併した丸大食品商事(旧称高倉紙工)の日付である。合併は株式額面の変更を目的とする形式上のもので、事業の歴史は1958年設立の会社が引き継いだ。新工場の建設と株式会社化を同時に進めたのは、個人の信用だけでは足りない設備資金の調達先を広げる狙いがあったと思われる。
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [12]1958年6月、発展につれて大阪市大淀区に新工場を建設し株式会社に改組(資本金900万円)
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [13]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [14]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [15]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [16]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
株式会社への改組の後、丸大食品は東京と名古屋に営業所を開設した。近畿を主な地盤としたまま、各地の営業所を足場に販売網を段階的に広げた。資本金は1961年4月に株式配当で13,500千円へ増え、同年中に27,000千円へ増資した。1961年6月には製品の将来性を見込んで畜肉ハム・ソーセージの製造を始め、魚肉と畜肉の両方を手がける国内唯一の総合メーカーとなった。1968年には関東工場の着工にあわせ、関東以北の販売網を強めるために東京周辺で営業所を新増設する方針を固めた。工場より先に営業所を置いて小売店の網を作り、その網へ新しい製品を載せる順序が、畜肉ハムへの参入を支えたのだろう。
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [17]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- [18]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- [20]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [19]資本金は1961年4月13,500千円(株式配当)、同年27,000千円。1968年、関東工場着工にあわせ関東以北の販売網増強のため東京周辺に営業所を新増設する方針
- [21]資本金は1961年4月13,500千円(株式配当)、同年27,000千円。1968年、関東工場着工にあわせ関東以北の販売網増強のため東京周辺に営業所を新増設する方針
参考文献[12]-[21]
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- [12]1958年6月、発展につれて大阪市大淀区に新工場を建設し株式会社に改組(資本金900万円)
- [17]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- [18]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- [20]改組後、東京・名古屋などに営業所を開設し近畿を主地盤に漸次各地へ販売網を拡大。1961年6月に畜肉ハム・ソーセージ製造を開始し国内唯一の魚肉畜肉ハム・ソーセージ総合メーカーとなる
- 証券 20(9)(234) 1968年
- [13]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [14]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [15]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [16]1958年6月、事業の将来性にかんがみ資本金900万円の株式会社に改組(実質設立1958年6月10日)。1963年1月に額面変更目的で丸大食品商事(旧称高倉紙工、1950年2月8日設立)に吸収合併
- [19]資本金は1961年4月13,500千円(株式配当)、同年27,000千円。1968年、関東工場着工にあわせ関東以北の販売網増強のため東京周辺に営業所を新増設する方針
- [21]資本金は1961年4月13,500千円(株式配当)、同年27,000千円。1968年、関東工場着工にあわせ関東以北の販売網増強のため東京周辺に営業所を新増設する方針
出典・参考
2件
- 企業の歴史:明治百年(1968)「丸大食品」
- 証券 20(9)(234) 1968年