決断
1958年6月、小森敏之氏は新工場の建設と株式会社への改組を同時に進めた。大阪市大淀区に新工場を建設して製造を移し、同じ月に資本金900万円の株式会社へ組織を改めている。魚肉ハムの売れ行きが伸びて福島区の工場では足りなくなり、事業の先行きを見込んでの改組だった。個人の信用だけでは足りない設備資金の調達先を、株式会社化で広げる狙いもあったとみられる。改組の後は近畿を地盤にしたまま東京と名古屋に営業所を開設し、販売網を各地へ広げた。1961年には増資を重ねて資本金を2,700万円とし、同年6月に畜肉ハム・ソーセージの製造を開始して、魚肉と畜肉の両方を作る国内唯一のメーカーとなった。