四電工:四国の電気工事4社の合併による南海電工の発足
1963年〜徳島・南海・伊豫・香川の電気工事4社の合併と、資本金4,870万円の南海電工
1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社が合併し、南海電工株式会社を設立した。資本金は4,870万円、本店は香川県高松市瓦町。合併に加わった4社は、いずれも四国電力の下請として各県の配電工事や送変電工事を受け持つ会社だった。新会社は配電・送変電・屋内電気・管工事・兼業の5部門を設立の時点からそろえて事業を始めた。設立時の工事高は、配電工事と屋内電気工事の2部門で85.2%を占めた。発注元の四国電力が4県を1社で受け持つ以上、工事会社も県の境を越えて人員と工事を配分できる1社にまとめるのが合理的と判断したとみられる。
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [1]1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社合併により資本金4,870万円で南海電工株式会社を高松市瓦町に設立
- [2]1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社合併により資本金4,870万円で南海電工株式会社を高松市瓦町に設立
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [3]合併した4社は四国電力の下請電気工事会社として四国4県で配電工事・送変電工事等を請け負っていた(設立は1963年5月1日)
- [4]設立時からの事業分野は配電工事・送変電工事・屋内電気工事・管工事・兼業の5部門
- [5]配電工事と屋内電気工事の2部門は設立時に完成工事高の85.2%を占めた
南海電工は設立と同時に徳島・高知・愛媛・香川の4支店を置き、旧4社の県をそのまま支店の単位にした。4支店の下には設立当初から四国全域に営業所を配し、県ごとの網を引き継いだ。営業所は四国電力の主な営業所のそばに置かれ、日々発生する配電工事に応じる配置をとった。管工事は当初、高知と香川の2支店だけで営んでおり、1965年に全社の部門へ広げた。四国の外に向けては、設立と同時に大阪支社を設け、建設業法に基づく建設大臣の登録も受けた。県別の支店で旧4社の地盤と人員を保ちつつ、大臣登録と大阪支社で県外の工事を受ける足場も同時に用意したのだろう。
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [6]1963年5月、徳島・高知・愛媛・香川の4支店と大阪支社を設置し、建設業法による登録(建設大臣)を受ける
- [10]1963年5月、徳島・高知・愛媛・香川の4支店と大阪支社を設置し、建設業法による登録(建設大臣)を受ける
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [7]設立当初から4支店を中心に四国全域にわたる営業所網を整備し、同時に大阪支社を設置
- [8]事業所はいずれも四国電力の主要営業所の近隣に配置され、常時発生する配電工事に対応する(1979年時点の記述)
- [9]管工事は設立当時は高知・香川支店のみの営業範囲で、1965年に全社的に管工事部門を設けた
参考文献[1]-[10]
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [1]1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社合併により資本金4,870万円で南海電工株式会社を高松市瓦町に設立
- [2]1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社合併により資本金4,870万円で南海電工株式会社を高松市瓦町に設立
- [6]1963年5月、徳島・高知・愛媛・香川の4支店と大阪支社を設置し、建設業法による登録(建設大臣)を受ける
- [10]1963年5月、徳島・高知・愛媛・香川の4支店と大阪支社を設置し、建設業法による登録(建設大臣)を受ける
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [3]合併した4社は四国電力の下請電気工事会社として四国4県で配電工事・送変電工事等を請け負っていた(設立は1963年5月1日)
- [4]設立時からの事業分野は配電工事・送変電工事・屋内電気工事・管工事・兼業の5部門
- [5]配電工事と屋内電気工事の2部門は設立時に完成工事高の85.2%を占めた
- [7]設立当初から4支店を中心に四国全域にわたる営業所網を整備し、同時に大阪支社を設置
- [8]事業所はいずれも四国電力の主要営業所の近隣に配置され、常時発生する配電工事に対応する(1979年時点の記述)
- [9]管工事は設立当時は高知・香川支店のみの営業範囲で、1965年に全社的に管工事部門を設けた
1965年〜四国電気工事への改称と、広島・東京に置いた2つの拠点
1965年12月、南海電工は商号を四国電気工事株式会社へ改めた。同じ月には本店を高松市瓦町から高松市西浜新町へ移転。合併前の4社の社名は、徳島・伊豫・香川の3社が県名を冠し、南海電気工事だけが県名を用いていなかった。改称の年には5月に広島営業所を設け、管工事の部門も全社に広げており、事業の範囲を四国の外と電力工事の外へ広げる時期と重なった。新しい商号は、配電工事を委託する四国電力と同じく「四国」を頭に置いた。発足時の「南海」の名は旧4社の1社から受け継いだ語であり、4県すべてを受け持つ会社であることを地域名で示すために改めたと推察される。
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [11]1965年12月、商号を四国電気工事株式会社に変更し、本店を高松市西浜新町522番地の2に移転
- [12]1965年12月、商号を四国電気工事株式会社に変更し、本店を高松市西浜新町522番地の2に移転
- [13]1963年5月の合併当事者は徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [14]1965年に広島に拠点を開設し、同年に全社的に管工事部門を設けた
- [15]南海電工は昭和40年(1965年)12月に現商号(四国電気工事)へ変更。配電工事は四国電力との委託契約に基づき受注
四国電気工事は1965年5月に広島営業所を、1966年3月に東京支社を設けた。設立時の大阪支社と合わせ、四国の外の拠点は3か所となった。一方で四国電力は電源開発の進展に備えて電力工事の分担を見直し、1970年から変電所工事を子会社の四電エンジニアリングへ移した。四国電力から受ける工事の範囲が狭まるなか、四国の外の拠点づくりは1973年5月の岡山営業所へと続いた。ただし1979年4月期でも完成工事高の96.5%は四国地域内の工事で、東京と大阪は各1.4%、広島は0.7%にとどまった。四国の外の拠点は四国電力への依存を薄める足場として置かれたものの、1970年代の売上は大半を四国の内側に依存したと思われる。
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [16]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- [17]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- [19]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [18]電源開発の進展に伴い四国電力が電力工事の分野調整を行い、1970年から送変電工事のうち変電所工事を子会社の四電エンジニアリングに移行
- [20]1979年4月期の地域別完成工事高は四国地域内96.5%、東京・大阪各1.4%、広島0.7%
1972年5月、四国電気工事は株式の額面を変える目的で、香川県坂出市にあった同名の会社と合併した。相手は1948年12月に三協株式会社として設立され、開業の準備中に休業していた会社だった。合併の期日は1972年5月1日で、書類の上では坂出の休業会社を存続会社に立て、高松の四国電気工事を吸収される側に置いた。事業の実体は高松の四国電気工事が引き継ぎ、合併と同時に自己株式を消却した。翌1973年11月には、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場。休業会社を形式上の存続会社とした合併は事業を変えない手続きであり、翌年の上場に備えて株式の額面を整える前段にあたる。
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [21]1972年5月、株式額面変更のため坂出市の四国電気工事株式会社(旧商号三協株式会社、1948年12月設立、開業準備中に休業)と合併
- [22]1972年5月、株式額面変更のため坂出市の四国電気工事株式会社(旧商号三協株式会社、1948年12月設立、開業準備中に休業)と合併
- [25]1973年11月、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [23]合併期日は1972年5月1日。形式上の存続会社は(旧商号三協の)四国電気工事、実質上の存続会社は被合併会社の(旧)四国電気工事で、同時に自己株式を消却
- [24]合併期日は1972年5月1日。形式上の存続会社は(旧商号三協の)四国電気工事、実質上の存続会社は被合併会社の(旧)四国電気工事で、同時に自己株式を消却
参考文献[11]-[25]
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- [11]1965年12月、商号を四国電気工事株式会社に変更し、本店を高松市西浜新町522番地の2に移転
- [12]1965年12月、商号を四国電気工事株式会社に変更し、本店を高松市西浜新町522番地の2に移転
- [13]1963年5月の合併当事者は徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社
- [16]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- [17]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- [19]1965年5月広島営業所、1966年3月東京支社、1973年5月岡山営業所を設置
- [21]1972年5月、株式額面変更のため坂出市の四国電気工事株式会社(旧商号三協株式会社、1948年12月設立、開業準備中に休業)と合併
- [22]1972年5月、株式額面変更のため坂出市の四国電気工事株式会社(旧商号三協株式会社、1948年12月設立、開業準備中に休業)と合併
- [25]1973年11月、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号
- [14]1965年に広島に拠点を開設し、同年に全社的に管工事部門を設けた
- [15]南海電工は昭和40年(1965年)12月に現商号(四国電気工事)へ変更。配電工事は四国電力との委託契約に基づき受注
- [18]電源開発の進展に伴い四国電力が電力工事の分野調整を行い、1970年から送変電工事のうち変電所工事を子会社の四電エンジニアリングに移行
- [20]1979年4月期の地域別完成工事高は四国地域内96.5%、東京・大阪各1.4%、広島0.7%
- [23]合併期日は1972年5月1日。形式上の存続会社は(旧商号三協の)四国電気工事、実質上の存続会社は被合併会社の(旧)四国電気工事で、同時に自己株式を消却
- [24]合併期日は1972年5月1日。形式上の存続会社は(旧商号三協の)四国電気工事、実質上の存続会社は被合併会社の(旧)四国電気工事で、同時に自己株式を消却
出典・参考
2件
- 四電工 有価証券報告書【沿革】
- 証券 31巻11号(通巻368号)1979年11月号