ユアテックの歴史
沿革
1944年に電気工事業者9社の統合で設立された東北電気工事が起源。
配電線工事から送電線・通信・空調管へ領域を拡大し、2011年の東日本大震災では非常災害対策本部を開設して復旧にあたった。東北電力系の電気工事会社として出発し、東北を地盤に総合設備工事を手がける。
創業期
1944年〜電気工事業者9社の統合による東北電気工事の設立
- 電気工事業者9社の統合により東北電気工事として設立[1]
- 配電線工事の請負施工を開始[2]
- 岩手支社と秋田営業所を設置[1]
- 屋内配線工事の請負施工を開始[2]
- 仙台空襲により本社と宮城支社が焼失[3]
- 本社を仙台市南町に移転[1]
- 東北電気工事従業員組合を単一組合として結成[4]
- 従業員組合と労働協約を締結[4]
- 建設業法に基づく建設大臣登録第11号を取得[2]
- 送電線工事の請負施工を開始[2]
- 発変電工事の請負施工を開始[2]
- 東北電力常務の中田繁次氏が第3代社長に就任[4]
- 通信工事の請負施工を開始[2]
- 3,000万円を増資し資本金5,000万円[4]
- 東京事務所を設置[1]
- 本社新社屋を建設[1]
売上高
- 売上高
ユアテック売上高—
成長期
1963年〜空調管・土木・建築工事への進出と東証一部指定
- 社員養成所を開所[1]
- 空調管工事および土木工事の請負施工を開始[2]
- 建築工事の請負施工を開始[2]
- 流量・測水業務の請負施工を開始[2]
- 土質調査業務の請負施工を開始[2]
- 札幌営業所(現北海道支社)を設置[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定[1]
- 新潟証券取引所に上場[2]
- 大阪事務所(現大阪支社)を設置[1]
売上高
- 売上高
ユアテック売上高—
1991年〜ユアテックへの改称と仙台本社の新築移転
- ユアテックに商号変更[1]
- 東京本部を設置[1]
- 完全週休2日制を正式に開始[1]
- 本社を仙台市宮城野区榴岡に新築移転[1]
- ベトナム事務所を設置[1]
- 総合研修センターを宮城県富谷市へ新築移転[1]
- ハノイ事務所を設置[1]
- ISO9001の認証を取得[1]
- 本社でISO14001の認証を取得[1]
- 仙台スタジアムの命名権を取得[1]
- テクス山形を存続会社にグループ会社6社を再編[1]
- 大雄電工を完全子会社化[1]
売上高
- 売上高
ユアテック売上高—
成熟期
2011年〜ベトナム進出とSIGMA ENGINEERING買収による海外展開
- 海外初のグループ会社ユアテックベトナムを設立[1]
- 東日本大震災を受け非常災害対策本部を設置[1]
- 太陽光発電のユアソーラー富谷を設立[1]
- 事故・災害を体感できる安全啓発センターを開設[1]
- ユアテック配電テクノを設立[1]
- ミャンマー事務所を設置[1]
- 関東圏で初のグループ会社ユアテック関東サービスを設立[1]
- ユアソーラー蔵王を完全子会社化[1]
- グループ会社再編でユアテック宮城サービスが発足[1]
- 空調企業を完全子会社化[1]
- ベトナムのSIGMA ENGINEERING JSCを完全子会社化[1]
- SIGMA ENGINEERING JSCを完全子会社化[1]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[1]
- 東北電力が親会社から離脱[5]
- 三浦康二氏が代表取締役に就任[5]
- SIGMA ENGINEERINGでのれん償却と減損損失を計上[5]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
ユアテック2026年3月期売上高2,523億円売上高経常利益率7.5%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 2014年 | 佐竹勤 | 取締役社長→取締役社長 社長執行役員 |
| 2021年 | 太田良治 | 取締役社長 社長執行役員 |
| 小林郁見 |