第4章 年〜年

さくら銀行:三井グループへの3000億円の増資要請と住友銀行との統合

1993年〜神戸銀行出身の橋本俊作頭取と、不良債権額で都市銀行最大となった貸出

さくら銀行は1994年3月、第1回優先株式5000万株を発行した。1993年3月末のBIS基準の自己資本比率は8.7%程度で、都市銀行の中で最低の水準にあった。合併前は増資ができず、合併後も株式市場の低迷で普通株による増資が難しかった。そこで、BIS基準で普通株と同じく自己資本に数えられる優先株を選んだ。発行には邦銀で初めての定款変更を伴い、他の都市銀行は資金コストの高さから発行に慎重だったという。同年6月には副頭取の橋本俊作氏が頭取に就任し、就任の記者会見で『合併は経営のイノベーション』と位置づけた。神戸銀行出身の頭取は、資本の手当てに続いて旧行の融和を担う布陣とみられる。

  • 財政金融ジャーナル 34(6) 1994年「優先株発行で自己資本を充実し資金需要に応え業容拡大図る さくら銀行」
    • [1]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [2]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [3]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [4]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [5]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
  • 日経ビジネス 1994年11月14日号
    • [6]橋本俊作:神戸銀行出身、1992年副頭取、1994年6月頭取。就任会見で「合併は経営のイノベーション」

1996年3月末、さくら銀行の不良債権は2兆3061億円に上り、国内の金融機関で最大だったという。1995年度には住専向けを含む9200億円を処理し、4268億円の最終赤字を計上した。直系のノンバンク3社へは同年度に約2000億円を支援し、独立系のアポロリースにも827億円を貸していた。バブル期に建設・不動産・ノンバンクの3業種向け貸出を都市銀行で最も多く増やしたことが、この負担の元にあった。旧行間の確執で遅れたノンバンク処理は、1997年2月に副頭取へ上がった上原靖弘氏が指揮することになった。さくら銀行はインターリースを再建に回し、アポロリースには特別清算を求める方針を固めた。合併で持ち寄った不良債権の処理が旧行の利害と重なり、決断を遅らせたのだろう。

  • エルネオス 1996年「不良債権額最大でノンバンク処理も進まぬさくら銀行」
    • [7]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
    • [8]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
    • [9]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [10]さくら銀行はバブル期に3業種(建設・不動産・ノンバンク)向け貸出を都銀で最も多く増やした
  • 銀行時評 31(5) 1997年「アポロリースの処理問題で毅然たる態度をとるさくら銀行」
    • [11]旧行ベースの確執で処理が遅れたが、1997年2月に上原靖弘(旧三井銀出身)が副頭取に昇格し独立系ノンバンク処理を指揮。インターリースは再建、アポロリースは特別清算の方針
    • [12]旧行ベースの確執で処理が遅れたが、1997年2月に上原靖弘(旧三井銀出身)が副頭取に昇格し独立系ノンバンク処理を指揮。インターリースは再建、アポロリースは特別清算の方針
参考文献[1]-[12]
  • 財政金融ジャーナル 34(6) 1994年「優先株発行で自己資本を充実し資金需要に応え業容拡大図る さくら銀行」
    • [1]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [2]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [3]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [4]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
    • [5]1994年3月、第1回優先株式(無額面5000万株、転換型)を発行。邦銀初の定款変更。93年3月末のBIS比率8.7%程度で都銀最低水準。合併前・株式市場低迷で増資できず。他の都銀は高コストで慎重
  • 日経ビジネス 1994年11月14日号
    • [6]橋本俊作:神戸銀行出身、1992年副頭取、1994年6月頭取。就任会見で「合併は経営のイノベーション」
  • エルネオス 1996年「不良債権額最大でノンバンク処理も進まぬさくら銀行」
    • [7]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
    • [8]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
    • [9]96年3月末の不良債権総額2兆3061億円で国内金融機関最大、貸出比6.28%。95年度に住専向け含め9200億円処理、最終赤字4268億円。直系3ノンバンクへ前期約2000億円支援。アポロリースへの融資827億円
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [10]さくら銀行はバブル期に3業種(建設・不動産・ノンバンク)向け貸出を都銀で最も多く増やした
  • 銀行時評 31(5) 1997年「アポロリースの処理問題で毅然たる態度をとるさくら銀行」
    • [11]旧行ベースの確執で処理が遅れたが、1997年2月に上原靖弘(旧三井銀出身)が副頭取に昇格し独立系ノンバンク処理を指揮。インターリースは再建、アポロリースは特別清算の方針
    • [12]旧行ベースの確執で処理が遅れたが、1997年2月に上原靖弘(旧三井銀出身)が副頭取に昇格し独立系ノンバンク処理を指揮。インターリースは再建、アポロリースは特別清算の方針

1997年〜岡田明重頭取と、三井グループ各社へ求めた約3000億円の増資と公的資金8000億円

1997年6月、専務の岡田明重氏が頭取に就任した。岡田氏は1963年に三井銀行へ入り、1991年6月に太陽神戸三井銀行の取締役、1996年にさくら銀行の専務となった。入行以来、企画部門を長く歩いてきた経歴の持ち主だった。就任直後に岡田氏は副部長制と副担当役員制を廃止した。部長と副部長を旧2行の出身者で分け合う合併行の配置をやめ、決裁の判を2個減らす狙いだった。6月初めの支店長会議では、合併で得た1500万口座の普通預金の顧客を生かすよう求めた。あわせて人事評価の基準を、過去の累積から直近の決算期の成果へ移す方針を示した。合併から7年の融和を区切り、合併で得た顧客を収益へ変えることを新頭取の役割と定めたと推察される。

  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
    • [13]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
    • [14]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
    • [15]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
  • 金融財政事情 48(33) 1997年9月1日号 岡田明重
    • [16]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [17]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [18]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [19]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年

1998年8月31日、岡田頭取は三井物産・三井不動産・トヨタ自動車など三井グループ各社へ総額約3000億円の増資引受を求めたと公表した。1998年3月期に約1兆2000億円の不良債権を処理して2200億円の純損失を計上し、8月28日の株価は220円まで下げていた。同年5月27日にはムーディーズがさくら銀行の長期預金などの格付けを引き下げていた。岡田氏は前年、提携を組んでも経営の主体はさくら銀行に置き、日債銀や長銀のような道は選ばないとしていた。岡田頭取は後に、資本増強策の一環として3450億円の増資を行ったと説明した。外部に経営を委ねないという前年の方針が、まずグループ内で資本を募る順序を選ばせたと考えられる。

  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [20]1998年8月31日会見、三井物産・三井不動産・トヨタなど三井グループ各社に約3000億円の増資要請。98年3月期に約1兆2000億円処理・純損失2200億円。8月28日株価220円
    • [21]1998年8月31日会見、三井物産・三井不動産・トヨタなど三井グループ各社に約3000億円の増資要請。98年3月期に約1兆2000億円処理・純損失2200億円。8月28日株価220円
  • 日経ビジネス 1998年6月8日号
    • [22]ムーディーズが1998年5月27日、東京三菱・さくらなど邦銀5行の長期預金・長期債の格付けを引き下げ
  • 金融財政事情 48(33) 1997年9月1日号 岡田明重
    • [23]岡田頭取(1997年):経営の主体・魂はさくら銀行で提携先に売り渡さない。日債銀や長銀のような選択肢はとらない
  • 政治と経済 25(4) 1999年5月号「公的資金導入派――さくら銀行頭取 岡田明重氏――公的資金を投入し構造改革を断行」
    • [24]資本増強策の一環として3450億円の増資を行った(岡田頭取、1999年)

1999年3月4日、さくら銀行は公的資金8000億円の資本注入を申請し、翌5日に経営健全化計画を金融再生委員会へ出した。1998年9月末で4900億円に上った株式含み損を補い、BIS基準の自己資本比率10%を保つための申請だった。岡田頭取は『不良債権処理は3月末がラストチャンスと考えており』として、含み損を1999年3月期に一括処理する方針を示した。計画には2003年3月期末までの役員30名減と従業員3500人の削減、国内117店以上の店舗削減を盛った。さくら・住友両行が1998年3月と1999年3月に受けた公的資金は合計1兆5010億円に上った。三井グループの増資で届かなかった資本を国に仰いだことで、経営の手足は健全化計画に縛られたと思われる。

  • 政治と経済 25(4) 1999年5月号「公的資金導入派――さくら銀行頭取 岡田明重氏――公的資金を投入し構造改革を断行」
    • [25]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [26]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [27]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [28]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [29]さくら・住友両行への98年3月・99年3月の公的資金注入額は合計1兆5010億円
参考文献[13]-[29]
  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
    • [13]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
    • [14]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
    • [15]岡田明重:1938年生、1963年三井銀行入行、1991年6月太陽神戸三井銀行取締役、1996年さくら銀行専務、1997年6月頭取。企画畑
  • 金融財政事情 48(33) 1997年9月1日号 岡田明重
    • [16]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [17]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [18]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [19]副部長制・副担当役員制を廃止(旧行出身での分け合いの解消、判の数を2個減らす)。6月初めの支店長会議で1500万口座の普通預金顧客の活用と、直近決算期での人事評価を表明。合併して7年
    • [23]岡田頭取(1997年):経営の主体・魂はさくら銀行で提携先に売り渡さない。日債銀や長銀のような選択肢はとらない
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [20]1998年8月31日会見、三井物産・三井不動産・トヨタなど三井グループ各社に約3000億円の増資要請。98年3月期に約1兆2000億円処理・純損失2200億円。8月28日株価220円
    • [21]1998年8月31日会見、三井物産・三井不動産・トヨタなど三井グループ各社に約3000億円の増資要請。98年3月期に約1兆2000億円処理・純損失2200億円。8月28日株価220円
  • 日経ビジネス 1998年6月8日号
    • [22]ムーディーズが1998年5月27日、東京三菱・さくらなど邦銀5行の長期預金・長期債の格付けを引き下げ
  • 政治と経済 25(4) 1999年5月号「公的資金導入派――さくら銀行頭取 岡田明重氏――公的資金を投入し構造改革を断行」
    • [24]資本増強策の一環として3450億円の増資を行った(岡田頭取、1999年)
    • [25]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [26]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [27]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
    • [28]1999年3月4日公的資金8000億円を申請、3月5日経営健全化計画を提出。98年9月末の株式含み損4900億円を補いBIS比率10%をクリアするため。含み損を3月期に一括処理。役員30名減(2003年3月期末まで)・従業員3500人削減・国内117店以上削減
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [29]さくら・住友両行への98年3月・99年3月の公的資金注入額は合計1兆5010億円

1999年〜旧財閥の枠を越えた住友銀行との統合と、三井海上を巻き込んだ損保再編

1999年10月14日、さくら銀行は住友銀行と2002年4月までの対等合併を前提とする全面提携に基本合意した。三井グループの銀行と住友グループの銀行が、企業グループの枠を越えて合併する組み合わせだった。前年の増資の際にも、三井グループの首脳の間では、さくら銀行の問題は一つのグループで支えきれないとの見方が強かったという。岡田頭取は、興銀と組むだけでは将来に掲げる方針として足りず、三和銀行の6社提携には閉鎖的な面を感じたと説明した。住友銀行とは企画部門の交流で考え方を知っており、『当行にとっては、ここまで理解し合えている銀行というのは、ほかにありませんでした。』とした。グループの内で資本の出し手が尽きたことが、旧財閥の枠を越える選択を後押ししたのだろう。

  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [30]1999年10月14日、2002年4月までの対等合併を前提とする全面提携で基本合意。三井グループと住友グループの枠を超えた合併。合併方式
    • [31]1999年10月14日、2002年4月までの対等合併を前提とする全面提携で基本合意。三井グループと住友グループの枠を超えた合併。合併方式
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [32]最近まで三井グループ大手企業首脳の間で「さくらの問題はもはや1企業グループがどうこうできる問題ではない」と突き放す向きが強かった(1998年9月)
  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
    • [33]岡田頭取:興銀と組むだけでは将来に掲げる方針として不十分。三和銀行の6社提携は閉鎖的で違和感。住銀とはスタッフの交流で考え方・経営システムが分かっていた
    • [34]岡田頭取:興銀と組むだけでは将来に掲げる方針として不十分。三和銀行の6社提携は閉鎖的で違和感。住銀とはスタッフの交流で考え方・経営システムが分かっていた

2000年2月14日、三井海上火災保険は日本火災・興亜火災との3社統合から離れ、住友海上火災保険と合併交渉に入ると発表した。1999年10月19日に発表した3社統合は、4か月で破談となった。さくら銀行はトヨタ自動車を顧客に持つ三井海上などの損保基盤を合併に持ち込み、住友側との交渉での劣勢を補いたかったと報じられた。さくら銀行によれば、三井海上の井口武雄社長に交渉をまとめるよう迫ったという。住友銀行との合意は、子会社・関連会社の統合も提携の項目に掲げていた。三井海上と住友海上は2001年10月に合併し、三井住友海上火災保険となる段取りを組んだ。銀行が財閥の枠を越えたことで、グループの損保も同じ線に沿った組み替えを迫られたといえる。

  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
    • [35]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [36]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [37]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [38]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [39]全面提携の主な項目に子会社・関連会社統合を含む
  • 日経ビジネス 2001年1月1日号
    • [40]三井海上火災保険と住友海上火災保険が2001年10月に合併し三井住友海上火災保険へ

さくら銀行と住友銀行は2001年4月に合併し、三井住友銀行が発足した。1999年10月の合意は2002年4月までの合併を掲げており、発足は当初の期限より1年早まった。合意では健全化計画のリストラを1年前倒しで2002年3月までに終え、合併後に3000人程度の追加削減を行うとした。合併までの両行の削減6300人のうち、4200人はさくら銀行の側が受け持つ計画だった。1999年11月の時点で、新銀行のトップはさくら側から出にくいとの見方が一般的だった。新銀行では岡田頭取が会長に、住友銀行の西川善文頭取が頭取に就任する人事が決まった。三井両替店から続いた銀行は、経営の主導を住友側に委ねて単独の歴史を閉じたと読める。

  • 日経ビジネス 2000年6月26日号
    • [41]来年(2001年)4月に三井住友銀行が誕生(2000年6月時点)
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [42]合意は2002年4月までの対等合併が前提。経営健全化計画のリストラを1年前倒しし2002年3月までに完了、統合後に人員削減を3000人程度上乗せ
    • [43]合意は2002年4月までの対等合併が前提。経営健全化計画のリストラを1年前倒しし2002年3月までに完了、統合後に人員削減を3000人程度上乗せ
  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
    • [44]合併までの両行合計の削減6300人のうちさくら銀行分は4200人
  • 日経ビジネス 1999年11月29日号
    • [45]1999年11月時点で「さくら側からは新銀行のトップが選ばれる可能性は少ない」との見方が一般的
  • 日経ビジネス 2001年1月1日号
    • [46]三井住友銀行の会長に岡田明重・さくら銀行頭取、頭取に西川善文・住友銀行頭取が就任予定
参考文献[30]-[46]
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
    • [30]1999年10月14日、2002年4月までの対等合併を前提とする全面提携で基本合意。三井グループと住友グループの枠を超えた合併。合併方式
    • [31]1999年10月14日、2002年4月までの対等合併を前提とする全面提携で基本合意。三井グループと住友グループの枠を超えた合併。合併方式
    • [39]全面提携の主な項目に子会社・関連会社統合を含む
    • [42]合意は2002年4月までの対等合併が前提。経営健全化計画のリストラを1年前倒しし2002年3月までに完了、統合後に人員削減を3000人程度上乗せ
    • [43]合意は2002年4月までの対等合併が前提。経営健全化計画のリストラを1年前倒しし2002年3月までに完了、統合後に人員削減を3000人程度上乗せ
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
    • [32]最近まで三井グループ大手企業首脳の間で「さくらの問題はもはや1企業グループがどうこうできる問題ではない」と突き放す向きが強かった(1998年9月)
  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
    • [33]岡田頭取:興銀と組むだけでは将来に掲げる方針として不十分。三和銀行の6社提携は閉鎖的で違和感。住銀とはスタッフの交流で考え方・経営システムが分かっていた
    • [34]岡田頭取:興銀と組むだけでは将来に掲げる方針として不十分。三和銀行の6社提携は閉鎖的で違和感。住銀とはスタッフの交流で考え方・経営システムが分かっていた
    • [44]合併までの両行合計の削減6300人のうちさくら銀行分は4200人
  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
    • [35]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [36]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [37]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
    • [38]2000年2月14日三井海上が3社統合から離脱し住友海上と合併交渉へ。3社統合は99年10月19日発表から4カ月で破談。さくら銀行は損保の顧客基盤を合併の手土産に劣勢挽回を狙った模様。さくら銀行によると井口社長に交渉をまとめるよう迫った
  • 日経ビジネス 2001年1月1日号
    • [40]三井海上火災保険と住友海上火災保険が2001年10月に合併し三井住友海上火災保険へ
    • [46]三井住友銀行の会長に岡田明重・さくら銀行頭取、頭取に西川善文・住友銀行頭取が就任予定
  • 日経ビジネス 2000年6月26日号
    • [41]来年(2001年)4月に三井住友銀行が誕生(2000年6月時点)
  • 日経ビジネス 1999年11月29日号
    • [45]1999年11月時点で「さくら側からは新銀行のトップが選ばれる可能性は少ない」との見方が一般的

出典・参考

14件
出典・参考
  • 財政金融ジャーナル 34(6) 1994年「優先株発行で自己資本を充実し資金需要に応え業容拡大図る さくら銀行」
  • 日経ビジネス 1994年11月14日号
  • 日経ビジネス 1998年9月7日号
  • 日経ビジネス 1998年6月8日号
  • 日経ビジネス 1999年11月8日号
  • 政治と経済 25(4) 1999年5月号「公的資金導入派――さくら銀行頭取 岡田明重氏――公的資金を投入し構造改革を断行」
  • 金融 632号 1999年11月「(金融資料)さくら銀行と住友銀行――統合を前提とした全面提携に合意」
  • 日経ビジネス 1999年11月29日号
  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
  • 日経ビジネス 2000年6月26日号
  • 日経ビジネス 2001年1月1日号
  • エルネオス 1996年「不良債権額最大でノンバンク処理も進まぬさくら銀行」
  • 銀行時評 31(5) 1997年「アポロリースの処理問題で毅然たる態度をとるさくら銀行」
  • 金融財政事情 48(33) 1997年9月1日号 岡田明重

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