第3章 年〜年

ダイエー:中内㓛の引責退任と産業再生機構による再生支援

1995年〜阪神・淡路大震災の損害500億円と経常利益5億円への失速

1995年1月の阪神・淡路大震災で、ダイエーは被害の最も大きかった企業の一つになった。当時は兵庫県内に47店と従業員7,000人を抱えており、三宮第一店は建物が倒れ、社員とパートの計5人が亡くなった。それでも地震の当日夜には24店が店を開けていた。中内㓛氏は発生から4日目の20日に現地対策本部の神戸ハーバーランド店へ入り、被害の大きい店を見て回るより商品の供給を先に立てるよう求めた。震災の打撃で、1995年の決算は単独で最終赤字となった。損害額は約500億円に及び、中内㓛氏はのちに、これが構造改革への着手を遅らせたと振り返っている。本業の手直しに充てるはずの数年が、復旧に費やされたとみられる。

  • 日経ビジネス 1995年1月30日号
    • [1]ダイエーは阪神大震災で最大の被害を受けた企業の一つ
    • [2]兵庫県下に47店・従業員7,000人。三宮第一店の建物が倒壊し、社員1人・パート4人の計5人が死亡
    • [3]地震当日夜には24店舗が営業
    • [4]1995年1月20日 中内功が現地対策本部の神戸ハーバーランド店に到着し、被害店の視察より商品供給を優先するよう指示
  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [5]1995年 阪神大震災の影響で単独最終赤字
  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
    • [6]中内功 阪神大震災で約500億円の損害が出てリストラの着手が遅れたと説明

本業の失速が決算に表れたのは1997年2月期である。売上高は2兆5,050億円と前期並みを保ったが、経常利益は5億円にとどまった。黒字を残せたのは、保有する高島屋株をすべて関連会社のプランタン銀座へ売ったためだった。1994年の4社合併で膨らんだ販売管理費を抑えようと、翌年に出向などで約4,800人を本体から外すと、売り場では品出しや接客が回らなくなった。1996年秋には500人を本体へ呼び戻している。同じ時期に常時低価格を掲げたハイパーマートの出店を重ねたが赤字が続き、既存の総合スーパーの改装は後回しにされた。売上高の約7割を占める総合スーパーの不振は、震災と違って本業の仕組みそのものから生じていた。

  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [7]1997年2月期 売上高2兆5,050億円(前期並み)・経常利益5億円
    • [8]保有する高島屋株すべてを関連会社のプランタン銀座に売却して黒字を確保
    • [10]1996年秋に500人の社員を本体に戻す
    • [11]常時低価格のハイパーマートは赤字運営が続き、出店に力を入れた結果、既存店のリニューアル投資が後手に回る
  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [9]1994年の4社合併で膨らんだ販売管理費削減のため翌年出向などで約4,800人を削減し、商品補充や接客が不十分に

拡大の原資だった借入れは、やがて返済を求められる重荷に変わった。主力の東海・住友・三和・富士の4行は、1994年ごろには債務の圧縮をダイエーへ要請していたという。1997年3月時点の有利子負債は単独6,600億円、連結1兆4,300億円に膨らんでおり、ダイエーは1997年3月、単独分を2001年度までの5年間で1,600億円圧縮して5,000億円に抑える計画を出した。返済には関連会社の上場で得る利益も一部あてるとし、グループ企業の上場に後ろ向きだった従来の姿勢を転換した。同年12月にはローソンの株式公開による4,000億円の調達を加え、有利子負債を1兆円減らす計画へ広げた。

  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [12]主力4行(東海・住友・三和・富士)は1994年ごろからダイエーに負債削減を求めたといわれる
    • [16]1997年12月 ローソン株式公開に伴う4,000億円の資金調達を加えた有利子負債1兆円削減計画を公表
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [13]1997年3月時点の有利子負債 単独6,600億円・連結1兆4,300億円
    • [14]1997年3月 単独の有利子負債を2001年度までの5年間で1,600億円削減し5,000億円にする計画を公表
    • [15]関連会社の株式上場益を負債返済原資に想定し、グループ企業の上場に消極的だった方針を転換
参考文献[1]-[16]
  • 日経ビジネス 1995年1月30日号
    • [1]ダイエーは阪神大震災で最大の被害を受けた企業の一つ
    • [2]兵庫県下に47店・従業員7,000人。三宮第一店の建物が倒壊し、社員1人・パート4人の計5人が死亡
    • [3]地震当日夜には24店舗が営業
    • [4]1995年1月20日 中内功が現地対策本部の神戸ハーバーランド店に到着し、被害店の視察より商品供給を優先するよう指示
  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [5]1995年 阪神大震災の影響で単独最終赤字
    • [9]1994年の4社合併で膨らんだ販売管理費削減のため翌年出向などで約4,800人を削減し、商品補充や接客が不十分に
    • [12]主力4行(東海・住友・三和・富士)は1994年ごろからダイエーに負債削減を求めたといわれる
    • [16]1997年12月 ローソン株式公開に伴う4,000億円の資金調達を加えた有利子負債1兆円削減計画を公表
  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
    • [6]中内功 阪神大震災で約500億円の損害が出てリストラの着手が遅れたと説明
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [7]1997年2月期 売上高2兆5,050億円(前期並み)・経常利益5億円
    • [8]保有する高島屋株すべてを関連会社のプランタン銀座に売却して黒字を確保
    • [10]1996年秋に500人の社員を本体に戻す
    • [11]常時低価格のハイパーマートは赤字運営が続き、出店に力を入れた結果、既存店のリニューアル投資が後手に回る
    • [13]1997年3月時点の有利子負債 単独6,600億円・連結1兆4,300億円
    • [14]1997年3月 単独の有利子負債を2001年度までの5年間で1,600億円削減し5,000億円にする計画を公表
    • [15]関連会社の株式上場益を負債返済原資に想定し、グループ企業の上場に消極的だった方針を転換

1998年〜上場来初の経常赤字と鳥羽董社長、リクルート株35%の放出

1998年2月期、ダイエーは1971年の上場以来はじめて経常赤字に転じた。主因は総合スーパー部門で、165億円の営業赤字を出した。中内㓛氏は赤字店の閉鎖と、遊休不動産や関連会社株式のグループ外への売却を打ち出した。1994年の合併後も近くの自社店と並べて残してきた旧忠実屋の相模原駅前店を4月末に閉じ、3年で50店を閉める方針も示した。規模と逆向きの選択を迫ったのは、グループで2兆6,000億円に積み上がった有利子負債だった。金融機関は金利の支払いだけでは満足せず、元本の返済まで求めるようになっていた。主力4行と第一生命保険からの借入れは全体の4割弱で、残る約1兆5,000億円は主力以外の金融機関に頼っていた。

  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [17]1998年2月期決算で1971年の上場来初の経常赤字
    • [18]総合スーパー部門の不振で165億円の営業赤字
    • [19]赤字店舗の閉鎖と遊休不動産・関連会社株式のグループ外への売却を表明
    • [20]1998年4月末 旧忠実屋の相模原駅前店を閉鎖。98年度中に15店、今後3年間で50店を閉鎖する方針
    • [22]不良債権を抱えた金融機関が元本の返済まで求めるようになった
    • [23]主力4行と第一生命保険に対する負債は全有利子負債の4割弱、約1兆5,000億円を主力以外の金融機関に依存
  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
    • [21]グループ全体の有利子負債は約2兆6,000億円

中内㓛氏は1998年5月、総合スーパーという業態について『今のGMSは「何でもあって何にも買いたくない店」の代名詞になっている』と語った。店舗網を7つの地域カンパニーに分けて品ぞろえを地域ごとに決め、持ち株会社のもとで事業会社を自立させる構想も示した。売上高を何より重んじてきた方針も、利益を合わせて見る形へ改めるとした。ただしリクルートについては、その情報を商品化する相手と位置づけ、手放さない考えだった。1999年1月、中内㓛氏は社長を退くと発表し、後任には長男の中内潤副社長ではなく、1996年12月に味の素から招いた財務担当の鳥羽董副社長を充てた。1998年12月の既存店売上高は前年同月より約4%少なく、主力4行に約束した損益3カ年計画の初年度目標は達成が危ぶまれていた。

  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
    • [24]中内功 従来型の総合スーパーは歴史的な存在意義を失ったとの認識
    • [25]7つの地域カンパニー制を導入し、持ち株会社のもとで各事業会社を自立させる構想
    • [26]売上高偏重を改め、各店に営業利益目標を与えて利益も重視する方針
    • [27]中内功 リクルートの情報を商品化して新事業につなげるとして同社株を手放さない方針
  • 日経ビジネス 1999年2月1日号 トレンド
    • [28]1999年1月 中内功が社長退任を発表し、後任は中内潤副社長ではなく1996年12月に味の素から移った財務担当の鳥羽董副社長
    • [29]1998年12月の既存店売上高は前年同月比約4%減。損益3カ年計画の初年度目標は主力4行に約束した数字

資産の売却は、中内㓛氏が残すとしていた株にも及んだ。鳥羽董氏は1999年8月31日、発行済み株式の35%を持つリクルート株を2000年2月期中に売ると表明した。有利子負債を1兆円減らす再生3カ年計画を前倒しで進めるためである。外部への売却は、経営の独立を保ちたいリクルート側の反発で難航した。12月には、リクルートが取引銀行の資金支援を受け、ダイエー側の持つ35.2%の全部か大半を買い戻す方向で合意に至った。2000年7月にはローソンが東京・大阪両証券取引所の第一部に上場し、ダイエーはこれに合わせて保有株の一部を売った。拡大期に抱えた2つの有力子会社は、この2年で負債返済の原資に回ったことになる。

  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [30]1999年8月31日 鳥羽董社長が発行済み株式の35%を持つリクルート株を2000年2月期中に売却すると表明
    • [31]グループ有利子負債を1兆円削減する再生3カ年計画を前倒しで実行するための売却
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
    • [32]経営の独立性を保ちたいリクルートが譲渡制限条項を盾に反発し売却交渉が難航
    • [33]1999年12月 リクルートが取引銀行団の資金支援を得て、ダイエーグループ保有の自社株35.2%の全部か大半を買い戻す方向で合意
  • ダイエー 平成13年2月期 中間決算短信(2000年10月13日)
    • [34]2000年7月 ローソンの東証・大証第一部上場に際し、保有するローソン株式の一部を売却
参考文献[17]-[34]
  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
    • [17]1998年2月期決算で1971年の上場来初の経常赤字
    • [18]総合スーパー部門の不振で165億円の営業赤字
    • [19]赤字店舗の閉鎖と遊休不動産・関連会社株式のグループ外への売却を表明
    • [20]1998年4月末 旧忠実屋の相模原駅前店を閉鎖。98年度中に15店、今後3年間で50店を閉鎖する方針
    • [22]不良債権を抱えた金融機関が元本の返済まで求めるようになった
    • [23]主力4行と第一生命保険に対する負債は全有利子負債の4割弱、約1兆5,000億円を主力以外の金融機関に依存
  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
    • [21]グループ全体の有利子負債は約2兆6,000億円
    • [24]中内功 従来型の総合スーパーは歴史的な存在意義を失ったとの認識
    • [25]7つの地域カンパニー制を導入し、持ち株会社のもとで各事業会社を自立させる構想
    • [26]売上高偏重を改め、各店に営業利益目標を与えて利益も重視する方針
    • [27]中内功 リクルートの情報を商品化して新事業につなげるとして同社株を手放さない方針
  • 日経ビジネス 1999年2月1日号 トレンド
    • [28]1999年1月 中内功が社長退任を発表し、後任は中内潤副社長ではなく1996年12月に味の素から移った財務担当の鳥羽董副社長
    • [29]1998年12月の既存店売上高は前年同月比約4%減。損益3カ年計画の初年度目標は主力4行に約束した数字
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [30]1999年8月31日 鳥羽董社長が発行済み株式の35%を持つリクルート株を2000年2月期中に売却すると表明
    • [31]グループ有利子負債を1兆円削減する再生3カ年計画を前倒しで実行するための売却
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
    • [32]経営の独立性を保ちたいリクルートが譲渡制限条項を盾に反発し売却交渉が難航
    • [33]1999年12月 リクルートが取引銀行団の資金支援を得て、ダイエーグループ保有の自社株35.2%の全部か大半を買い戻す方向で合意
  • ダイエー 平成13年2月期 中間決算短信(2000年10月13日)
    • [34]2000年7月 ローソンの東証・大証第一部上場に際し、保有するローソン株式の一部を売却

2000年〜中内㓛氏の退任、4,000億円の金融支援と産業再生機構への支援要請

2000年11月、ダイエーは修正再生3カ年計画、通称フェニックスプランをまとめた。単体の収益力の改善と連結経営の構築を柱に据えた計画で、東海・三和・住友・富士の主力4行を相手に、2001年2月28日を払込期日とする約1,200億円の優先株の第三者割当増資を行った。2001年2月期の当期損失は1,921億8,200万円に達し、配当は前期に続いて見送った。創業者の中内㓛氏は2001年1月30日、最高顧問取締役を退いた。同年5月の株主総会の招集通知で、代表取締役社長に名を連ねたのは高木邦夫氏である。所有と経営を一人で担った創業者が退いたことで、再建の主導権は債権者の側へ移り始めたとみられる。

  • ダイエー プレスリリース「事業再生計画の策定並びに株式会社産業再生機構による支援決定について」(2004年12月28日)
    • [35]2000年11月 「修正再生3カ年計画」を策定
  • ダイエー 第50期 決算のご報告(2001年)
    • [36]単体収益力の改善と連結マネジメントの構築を主旨とする「修正再生3カ年計画(フェニックスプラン)」を策定
    • [37]計画に沿って主力4行(東海・三和・住友・富士)に対し、2001年2月28日を払込期日とする優先株式約1,200億円の第三者割当増資を実施
    • [38]2001年2月期(第50期)当期損失1,921億8,200万円、前期に続き無配
  • ダイエー 第51回定時株主総会招集ご通知(2001年5月)
    • [39]中内功 2001年1月30日に最高顧問取締役を退任
    • [40]2001年5月時点の代表取締役社長は高木邦夫

2002年2月の新3カ年計画は、2度目の金融支援を前提に組まれた。グループの有利子負債をダイエーオーエムシーなどを除いて9,000億円まで減らし、復配できる体質へ戻すことを目標に置いた。リクルート株式や、ホークスを除く福岡事業の売却を盛り込み、計画の遂行で見込む損失は4,650億円にのぼった。計画は同年4月26日、産業活力再生特別措置法にもとづく事業再構築計画として経済産業省の認定を受けた。UFJ・三井住友・みずほコーポレートの主力3行は1,700億円の債務免除と約2,300億円の借入金の株式化に応じ、1,115億円の無償減資と合わせて前期末の債務超過を解いた。

  • ダイエー プレスリリース「事業再生計画の策定並びに株式会社産業再生機構による支援決定について」(2004年12月28日)
    • [41]2002年2月に発表した「新3カ年計画」は事実上2回目の金融支援
  • ダイエー ダイエーグループ「新3カ年計画」(2002年)
    • [42]グループ有利子負債(ダイエーオーエムシー等を除く)を9,000億円まで削減し、復配できる体質への改善を当面の目標とする
    • [43]リクルート株式・福岡事業(ホークスを除く)の売却等を含み、計画遂行に伴う損失計上額合計4,650億円
  • ダイエー 第52期 事業報告書「ごあいさつ」(2003年)
    • [44]2002年4月26日 産業活力再生特別措置法に基づく事業再構築計画として経済産業省の認定
    • [45]主力3行(UFJ・三井住友・みずほコーポレート)の債務免除1,700億円と借入金の株式化約2,300億円、無償減資1,115億円等で前期末の一時的な債務超過を解消

財務の手当てに対し、本業の回復は計画に追いつかなかった。2003年2月期の既存店売上高は前期比98%にとどまり、家電部門の不振もあって期初の計画に届かなかった。取締役会が主力3行との協議を経て機構の活用を決議し、方針を転じたのは10月13日で、それ以前の2004年8月27日に主力3行から産業再生機構の活用を持ちかけられた際には、ダイエーはその考えはないと返して自力での中期計画策定を続けていた。12月28日にはグループ12社で申し込んだ支援がその日のうちに決定され、4,050億円の債務免除を盛り込んだ事業再生計画は、窮境に陥った原因を、店舗を自社で保有する方式と全国展開に固執したこと、多角化と拡大に走ったこと、低価格に頼りすぎたことに求めた。

  • ダイエー 第52期 事業報告書「ごあいさつ」(2003年)
    • [46]2003年2月期 既存店売上高前期比98%。家電部門の不振等で期初計画に届かず
  • ダイエー プレスリリース「当社再建計画に関して」(2004年10月14日)
    • [47]2004年10月13日 主力3行並びに関係先と協議し、取締役会で産業再生機構の活用を決議
  • ダイエー プレスリリース「主力3行との会談について」(2004年8月27日)
    • [48]2004年8月27日 主力3行から産業再生機構活用の提案、ダイエーは活用を考えていない旨を回答
  • ダイエー プレスリリース「事業再生計画の策定並びに株式会社産業再生機構による支援決定について」(2004年12月28日)
    • [49]2004年12月28日 グループ12社が主力3行と連名で産業再生機構に支援を申し込み、同日支援決定
    • [50]自社保有方式・全国展開へのこだわり・事業多角化と拡大路線・低価格路線への過度の依存を窮境原因とし、債務免除総額4,050億円
参考文献[35]-[50]
  • ダイエー プレスリリース「事業再生計画の策定並びに株式会社産業再生機構による支援決定について」(2004年12月28日)
    • [35]2000年11月 「修正再生3カ年計画」を策定
    • [41]2002年2月に発表した「新3カ年計画」は事実上2回目の金融支援
    • [49]2004年12月28日 グループ12社が主力3行と連名で産業再生機構に支援を申し込み、同日支援決定
    • [50]自社保有方式・全国展開へのこだわり・事業多角化と拡大路線・低価格路線への過度の依存を窮境原因とし、債務免除総額4,050億円
  • ダイエー 第50期 決算のご報告(2001年)
    • [36]単体収益力の改善と連結マネジメントの構築を主旨とする「修正再生3カ年計画(フェニックスプラン)」を策定
    • [37]計画に沿って主力4行(東海・三和・住友・富士)に対し、2001年2月28日を払込期日とする優先株式約1,200億円の第三者割当増資を実施
    • [38]2001年2月期(第50期)当期損失1,921億8,200万円、前期に続き無配
  • ダイエー 第51回定時株主総会招集ご通知(2001年5月)
    • [39]中内功 2001年1月30日に最高顧問取締役を退任
    • [40]2001年5月時点の代表取締役社長は高木邦夫
  • ダイエー ダイエーグループ「新3カ年計画」(2002年)
    • [42]グループ有利子負債(ダイエーオーエムシー等を除く)を9,000億円まで削減し、復配できる体質への改善を当面の目標とする
    • [43]リクルート株式・福岡事業(ホークスを除く)の売却等を含み、計画遂行に伴う損失計上額合計4,650億円
  • ダイエー 第52期 事業報告書「ごあいさつ」(2003年)
    • [44]2002年4月26日 産業活力再生特別措置法に基づく事業再構築計画として経済産業省の認定
    • [45]主力3行(UFJ・三井住友・みずほコーポレート)の債務免除1,700億円と借入金の株式化約2,300億円、無償減資1,115億円等で前期末の一時的な債務超過を解消
    • [46]2003年2月期 既存店売上高前期比98%。家電部門の不振等で期初計画に届かず
  • ダイエー プレスリリース「当社再建計画に関して」(2004年10月14日)
    • [47]2004年10月13日 主力3行並びに関係先と協議し、取締役会で産業再生機構の活用を決議
  • ダイエー プレスリリース「主力3行との会談について」(2004年8月27日)
    • [48]2004年8月27日 主力3行から産業再生機構活用の提案、ダイエーは活用を考えていない旨を回答

1995年〜2004年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
1995年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1996年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1997年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1998年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1999年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年02月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年02月期 連結 22,374 n/a 15 0.1% ▲3,325 n/a
2003年02月期 連結 19,579 ▲12.5% 128 0.7% 1,354 n/a
2004年02月期 連結 17,520 ▲10.5% 315 1.8% 181 n/a

出典・参考

15件
出典・参考
  • ダイエー 平成13年2月期 中間決算短信(2000年10月13日)
  • ダイエー プレスリリース「事業再生計画の策定並びに株式会社産業再生機構による支援決定について」(2004年12月28日)
  • ダイエー プレスリリース「当社再建計画に関して」(2004年10月14日)
  • ダイエー プレスリリース「主力3行との会談について」(2004年8月27日)
  • 日経ビジネス 1995年1月30日号
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
  • 日経ビジネス 1998年3月9日号
  • 日経ビジネス 1998年5月4日号
  • 日経ビジネス 1999年2月1日号 トレンド
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
  • ダイエー 第50期 決算のご報告(2001年)
  • ダイエー 第51回定時株主総会招集ご通知(2001年5月)
  • ダイエー ダイエーグループ「新3カ年計画」(2002年)
  • ダイエー 第52期 事業報告書「ごあいさつ」(2003年)

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