高原慶一朗
ユニ・チャーム・元設立 取締役社長
経歴1961〜2011年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1961年主要役職の状況(推定含む目安)2011年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 大成化工株式会社(現 ユニ・チャーム株式会社) | 1961 | 設立 取締役社長 | ||
| ユニ・チャーム | 1974 | 代表取締役社長 | |||
| 2001 | 社長 退任 | ||||
| 2001 | 代表取締役会長 | ||||
| 2004 | 代表取締役取締役会会長 | ||||
| 2008 | 取締役取締役会会長 | ||||
| 2011 | 取締役ファウンダー |
社長就任までの出自
出自
高原慶一朗氏は1931年に愛媛県川之江市で生まれ、1953年に大阪市立大学を卒業した。父は川之江の中堅製紙会社の社長で、川之江商工会議所の会頭も務めた。高原慶一朗氏は父が経営する国光製紙で専務などを務めたのち、1961年に29歳で独立した。1974年4月からは国光製紙の代表取締役社長も兼ねた。紙の産地に育ち家業の製紙で経験を積んだことが、のちに紙を使う製品を選ぶ下地になったとみられる。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
生理用品で首位に立ったのち、1976年8月に東京証券取引所市場第二部へ上場した。1981年8月に幼児用紙おむつの販売を始め、1985年3月に市場第一部銘柄へ指定された。同じ1985年には、生理用品とベビー用品にシルバー分野を加える売上高3000億円構想を掲げた。1984年10月の台湾を皮切りに、タイ・中国・インドネシアへ現地法人を設けた。1992年2月にはパンツ型紙おむつ「ムーニーマン」を発売した。
創業ストーリー
創業ストーリー
業績貢献
高原慶一朗氏:在任中の業績貢献
売上高:1975年9月期〜2006年3月期
--
--
--
| 決算期 | 在任 | 売上高 | 前期比 | 営業利益率 | ROE | 主な施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1975年9月期 | 118億円 | — | — | — | ||
| 1976年9月期 | 151億円 | +28.0% | — | — | 新商品「チャームナップミニ」を全国一斉発売東京証券取引所市場第二部に上場 | |
| 1977年9月期 | 188億円 | +24.5% | — | — | ||
| 1978年9月期 | 231億円 | +22.9% | — | — | 高級化粧パフ「シルコット」を販売 | |
| 1979年9月期 | 273億円 | +18.2% | — | — | ||
| 1980年9月期 | 256億円 | ▲6.2% | — | — | 「チャームソフトタンポン」を発売 | |
| 1981年9月期 | 301億円 | +17.6% | — | — | 幼児用紙おむつの販売を開始企業理念「NOLA&DOLA」を発表 | |
| 1982年9月期 | 361億円 | +19.9% | — | — | 立体裁断ナプキン「ソフィ」を発売 | |
| 1983年9月期 | 439億円 | +21.6% | — | — | 建材部門をユニ・タイセイへ営業譲渡ベビー用紙おむつ「マミーポコ」を発売 | |
| 1984年9月期 | 457億円 | +4.1% | — | — | ||
| 2002年3月期 | 2,067億円 | — | — | — | ||
| 2003年3月期 | 2,232億円 | +8.0% | — | — | ||
| 2004年3月期 | 2,401億円 | +7.6% | — | — | ||
| 2005年3月期 | 2,460億円 | +2.5% | — | — | ||
| 2006年3月期 | 2,704億円 | +9.9% | 10.6% | — |
参考文献2件
参考文献
- ユニ・チャーム 有価証券報告書【役員の状況】
- 創業者精神(日経ベンチャー別冊、1993年)「新販路求め雑貨問屋にアタック」高原慶一朗
事実根拠:出所(ユニ・チャーム)