フジミインコーポレーテッド:不二見研磨材工業所の創業とソニー向けゲルマニウム基板用研磨材
1950年〜名古屋で個人創業した不二見研磨材工業所と、国産初の人造研磨材FO
創業者の越山照次氏は1950年8月、名古屋市で不二見研磨材工業所を個人で起こした。最初の製品は光学レンズを磨くための人造研磨材「FO」(フジミ・オプティカル・エメリー)で、人造研磨材の国産化はFOが初めてである。当時の国内には粗い粒の研磨材を作るメーカーはあったものの、細かな微粉は作り手がなく、輸入品に依存していた。越山照次氏は勤務先から東工大へ派遣され、双眼鏡など光学機器向け研磨材の国産化を目指して分級技術を学んでいた。光学機械メーカーからレンズ用研磨材の開発を求められ、1950年にアルミナ微粉の分級に成功。輸入に依存していた微粉の市場で、身につけた分級技術を製品に変えられる余地を見たとみられる。
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [1]1950年8月 越山照次が名古屋市で不二見研磨材工業所を個人創業、光学レンズ用の国産初の人造研磨材FOを生産
- [2]1950年8月 越山照次が名古屋市で不二見研磨材工業所を個人創業、光学レンズ用の国産初の人造研磨材FOを生産
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [3]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
- [4]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
- [5]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
1953年3月、個人の工場を法人組織に改め、不二見研磨材工業株式会社を設立。FOは輸入品に見劣りしない品質との評価を得て、国内の光学機器メーカーの間で輸入品に取って代わった。分級には、沈む速さの差を使い上向きの水流で狙った粒を静止させて取り出す水中の方式を採り、精度を高めて取引先の信頼を得た。光学機器メーカーの需要の増加に合わせて売上が拡大し、事業の基盤ができた。FOの成功を足がかりに、白色アルミナ質の「WA」、アランダムの名で通る「A」を製品に加えた。緑色炭化けい素の「GC」、黒色炭化けい素の「C」も相次いで開発した。取引先が光学機器メーカー各社へ広がり、個人経営のままでは取引の信用と資金の調達に限りが生じたと推察される。
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [6]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- [10]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- [11]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [7]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
- [8]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
- [9]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
参考文献[1]-[11]
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [1]1950年8月 越山照次が名古屋市で不二見研磨材工業所を個人創業、光学レンズ用の国産初の人造研磨材FOを生産
- [2]1950年8月 越山照次が名古屋市で不二見研磨材工業所を個人創業、光学レンズ用の国産初の人造研磨材FOを生産
- [6]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- [10]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- [11]1953年3月 法人組織化し不二見研磨材工業(株)を設立。FOの成功をふまえWA・A・GC・Cの研磨材を開発
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [3]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
- [4]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
- [5]戦前戦後は微粉メーカーがなく輸入依存。創業者は東工大で分級技術を学び、光学機械メーカーの要請で1950年にアルミナ微粉の分級に成功
- [7]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
- [8]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
- [9]FOは品質が評価され輸入品を駆逐、光学機器メーカーの成長と歩調を合わせて成長し基盤ができた。分級は水中で沈降速度の差と上向き水流を使う方式で、精度を高め信頼を得た
1957年〜東京通信工業のゲルマニウム研磨材と、光学硝子用FR・ゲルマニウム用FS
光学用研磨材の評判を聞いた東京通信工業(現ソニー)が、トランジスタ用ゲルマニウム・ウェハーの研磨材の開発を不二見研磨材工業に求めた。社長の越山勇氏は1995年の寄稿で、法人化の直後に訪れたトランジスタの時代を、電子産業と関わる起点に位置づけた。声のかかった不二見研磨材工業は、溶融アルミナや炭化けい素を原料とする人造研磨材を国内で最初に手がけ、その製品は光学レンズの研磨に使われていた。創業の時点で、国内に研磨用の微粉を製造するメーカーは他になく、微粉は輸入品で賄われた。微粉の粒をそろえる分級技術が、ウェハーの研磨にも転用できると東京通信工業はみたのだろう。
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [12]光学研磨材の評判を聞きつけた東京通信工業(現ソニー)がトランジスタ用ゲルマニウム・ウェハーの研磨材の開発を要請。創業前は国内に微粉メーカーがなく輸入依存
- [15]光学研磨材の評判を聞きつけた東京通信工業(現ソニー)がトランジスタ用ゲルマニウム・ウェハーの研磨材の開発を要請。創業前は国内に微粉メーカーがなく輸入依存
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [13]1953年の法人化直後に到来したトランジスタ時代が電子・エレクトロニクス関連産業とのかかわりの始まり
- Japanese investor 6(3)(13) 1995年「フジミインコーポレーテッド――マルチメディア時代を支える世界的研磨材メーカー」p18-19
- [14]溶融アルミナ・炭化けい素を主材料とする人造研磨材を国内で初めて開発し、光学レンズ用研磨材メーカーとしての地位を確立
東京通信工業向けの開発を契機に、不二見研磨材工業は1960年代から国内の半導体産業と深く関わるようになった。1960年代にはトランジスタの高集積化が進み、ICの需要が急増した。同じ1960年代に、大学院で電子物性学を専攻した越山勇氏(のちの社長)が入社し、創業者の現場主義と組み合わせて研究の水準を上げた。光学レンズ用に出したFOも、シリコンのラッピングに向く性質から半導体メーカーの目に留まり、高純度シリコンウェハー用として需要を広げた。1966年には旧ソ連への製品の輸出を開始し、これが海外展開の起点。光学と半導体の双方に同じ微粉の技術を展開できたことが、後のシリコンウェハー用ポリシング材の土台になったと考えられる。
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [16]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- [17]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- [18]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [19]FOは当初光学レンズ用だったがシリコンのラッピングに適し半導体メーカーに注目され、高純度シリコンウェハー用研磨材として需要拡大
- Japanese investor 6(3)(13) 1995年「フジミインコーポレーテッド――マルチメディア時代を支える世界的研磨材メーカー」p18-19
- [20]1966年に旧ソ連へ輸出を開始し、以来海外展開を進める
参考文献[12]-[20]
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- [12]光学研磨材の評判を聞きつけた東京通信工業(現ソニー)がトランジスタ用ゲルマニウム・ウェハーの研磨材の開発を要請。創業前は国内に微粉メーカーがなく輸入依存
- [15]光学研磨材の評判を聞きつけた東京通信工業(現ソニー)がトランジスタ用ゲルマニウム・ウェハーの研磨材の開発を要請。創業前は国内に微粉メーカーがなく輸入依存
- [16]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- [17]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- [18]ゲルマニウム研磨材の開発が契機となり1960年代から半導体産業に深く関わる。1960年代はトランジスタ高集積化でIC需要が急増し、電子物性学専攻の現社長(越山勇)が入社
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- [13]1953年の法人化直後に到来したトランジスタ時代が電子・エレクトロニクス関連産業とのかかわりの始まり
- [19]FOは当初光学レンズ用だったがシリコンのラッピングに適し半導体メーカーに注目され、高純度シリコンウェハー用研磨材として需要拡大
- Japanese investor 6(3)(13) 1995年「フジミインコーポレーテッド――マルチメディア時代を支える世界的研磨材メーカー」p18-19
- [14]溶融アルミナ・炭化けい素を主材料とする人造研磨材を国内で初めて開発し、光学レンズ用研磨材メーカーとしての地位を確立
- [20]1966年に旧ソ連へ輸出を開始し、以来海外展開を進める
出典・参考
3件
- 証券アナリストジャーナル 33(8) 1995年7月 別冊付録 フジミインコーポレーテッド(越山勇)
- 東海総研マネジメント 85 1995年3月号「戦略研究(6)株式会社 フジミインコーポレーテッド」佐々木正美
- Japanese investor 6(3)(13) 1995年「フジミインコーポレーテッド――マルチメディア時代を支える世界的研磨材メーカー」p18-19