湯藤実則

あおぞら銀行・元頭取

Yuto Minori(敬称略)

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社長就任 1965年10月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1904年に広島で生まれ、1925年3月に山口高等商業学校を出て朝鮮銀行へ入行した。1945年8月に同行の総務部長兼東亜部長を務め、同年12月に退職している。1946年12月に山九運輸機工へ入社し、1957年4月の日本不動産銀行の設立に常務取締役として加わって、経理部長を委嘱された。設立時の役員のなかで、いったん事業会社へ移ってから銀行へ戻った経歴を持つ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

経理部長ののち1959年4月に営業部長、1960年6月に営業第1部長を委嘱され、1963年11月に取締役副頭取、1965年10月に取締役頭取へ進んだ。1966年版の要覧に並ぶ取締役14名は東京帝国大学・京都帝国大学の法科と経済科の出身者が大半を占め、高等商業学校を出た役員は湯藤氏だけである。設立から8年、経理と営業の実務を通した側から頭取が出た。

在任中の主な施策
施策

頭取在任は1965年10月から1969年10月までの4年にあたる。1966年5月には、大蔵省を退官した前証券局長の松井直行氏を常務取締役へ迎えた。1969年10月に取締役会長へ退き、頭取を勝田龍夫氏に譲っている。会長在任中の1970年2月に大阪証券取引所への株式上場があり、1973年版の要覧まで取締役会長として役員欄の筆頭に載った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1957〜1969年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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