渡邉淳

あおぞら銀行・元頭取

Watanabe Jun(敬称略)

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社長就任 1974年10月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1913年生まれ。1936年に東京帝国大学経済学部を出て日本興業銀行へ入行し、中央信託銀行の常務取締役と専務取締役、日本興業銀行の常務取締役、日本冶金工業の会長を歴任した。1973年11月に日本不動産銀行の取締役へ就任している。1957年の設立時に朝鮮銀行から移った顔ぶれが役員の多数を占めるなかで、興銀系の外から入った経歴である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1973年11月に取締役として入り、11か月後の1974年10月に取締役頭取へ就任した。前任の勝田龍夫氏は同月に取締役会長へ移り、そのまま代表取締役として残っている。1978年版の要覧では、副頭取の頴川史郎氏が1964年入行から6年で取締役、専務取締役の伊藤善吉氏が日本銀行から移って5年で専務という順を踏んでおり、取締役から1年たたずに頭取へ上がったのは渡邉氏だけである。

在任中の主な施策
施策

頭取在任は1974年10月から1978年10月までの4年にあたる。1977年10月に行名を日本不動産銀行から日本債券信用銀行へ変更した。要覧の社名見出しも1977年版までは日本不動産銀行、1978年版からは日本債券信用銀行に替わっている。1977年8月には大蔵省で国税庁長官を務めた安川七郎氏が入行し、同年12月に取締役副頭取、1978年10月に頭取を継いだ。渡邉氏は取締役として残り、1979年版の要覧に名を留めている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1974〜1978年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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