村野晃一

セイコーグループ・元代表取締役社長

Murano Koichi(敬称略)

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社長就任 2001年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1960年3月に服部時計店(現セイコーグループ)へ入社し、1982年9月に経理部長へ就任した。1985年6月に服部セイコーの取締役となり、常務・専務を経て1997年6月に取締役副社長へ進み、社長就任まで16年を役員として過ごした。2006年3月期の大株主には服部礼次郎氏5.3%、服部純一氏4.2%、服部真二氏3.4%が個人名で並ぶ。同じ取締役会にいた服部真二氏の所有株式数6,101千株に対し、村野氏は147千株だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2001年6月にセイコー株式会社の代表取締役社長へ就任した。1996年1月のセイコークロック・セイコープレシジョン設立と眼鏡事業の分社、2000年5月のスポーツ・トイレタリー事業の分社と、事業の切り出しは就任前から続いていた。同じ2001年6月、服部真二氏はセイコープレシジョンの代表取締役社長に就任し、2003年6月にセイコーウオッチの代表取締役社長へ移っている。持株会社の本体を経理畑の役員が、事業会社を創業家が受け持つ配置になった。

在任中の主な施策
施策

2001年7月にウオッチ事業をセイコーウオッチ株式会社として分社し、セイコー株式会社は持株会社への移行を終えた。2007年7月には社名をセイコーホールディングス株式会社へ改めた。連結売上高は2006年3月期の2,137億円から2009年3月期に1,740億円へ落ち、同期は経常損失47億円、2010年3月期も経常損失19億円を計上した。2009年6月には代表取締役会長兼社長となり、会長と社長を一人で兼ねた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1960〜2010年
在任中の業績 FY00→FY09
就任前-
退任時(FY09)2,308億円
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件
参考文献
  • セイコーホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】(2009年3月期)

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