船井哲良

船井電機・元執行役社長(委員会設置会社移行に伴う肩書変更)

Funai Tetsuro(敬称略)

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社長就任 1961年8月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1951年4月に船井ミシン商会を創業し、1952年12月には株式会社船井ミシン商会の代表取締役に就いた。1959年からは輸出用トランジスタラジオを手掛け、1961年8月にこのラジオ部門を分離して大阪市生野区に資本金2,000万円で船井電機を設立した。ミシンの商いから電機の製造へ移る過程を自ら率いた創業者で、社長を退任したのちの2017年3月末にも持株比率34.21%で筆頭株主だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

船井電機に前任の社長はいない。会社そのものが、船井哲良氏の興したミシン商会の流れから生まれたためである。設立の2年前から輸出用トランジスタラジオの量産と輸出が動いていたため、新会社は発足の時点で生産と販路を備えていた。母体の船井軽機工業は別法人として残り、吸収合併されたのは2000年11月である。国内ではほとんど売らず、低価格・安定した品質・納期の正確さを掲げてGE、フィリップス、シアーズ・ローバックへOEM供給する輸出専業として出発した。

在任中の主な施策
施策

1971年のニクソンショックがドル建て輸出を直撃し、1973年の変動相場制移行を機に生産を海外へ移した。国内工場の従業員は1970年代の1,600人超から1999年には約400人まで減り、その過程では処遇をめぐって労働組合と厳しく対立した。1987年には製パン器とVTRで国内市場へ参入したが、1990年6月期の国内売上高は200億円見込みから150億〜170億円へ下方修正された。1999年2月に大証二部へ上場し、同年6月期は営業利益率8.7%・ROE40.7%を記録した。販売の8割を北米市場が占めていた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1961〜2008年
在任中の業績 FY60→FY07
就任前-
退任時(FY07)2,772億円
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 4件
参考文献
  • 船井電機 有価証券報告書 第54期(2005年3月期)【役員の状況】
  • 船井電機 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1999年3月号
  • 日経ビジネス 1999年11月15日号「船井電機 プリンター絶好調、ROE40%の優良企業」

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