川崎千春
オリエンタルランド・元設立・社長(初代)
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
浦安沖の埋立地のうち東京寄りの約63万坪をレジャー用地に充てることが千葉県の許可条件で、1960年に川崎千春氏と朝日土地興業の丹沢善利氏が、三井不動産の江戸英雄氏へ3社共同の新会社を持ちかけた。60万坪を超えるレジャー施設は国内では無理とみていた江戸英雄氏は、レジャー施設の経験があるので任せてほしいという川崎千春氏の説得に応じた。最大の出資会社の社長であり、構想を持ち込んだ当人が経営を預かる人事だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
在任の前半は用地の確保に充てた。1962年に浦安の漁業者が漁業権の一部を放棄して補償交渉が妥結し、同年7月に千葉県と土地造成・分譲の協定を結んだ。埋立工事は1964年9月に始まり、1975年11月に終わった。後半はレジャー施設の中身を詰め、1974年6月には川崎千春氏自らディズニー社を訪ねて誘致を申し入れ、同年12月に基本合意を得た。1977年8月、京成電鉄の経営に専念するため社長を辞した。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献3件
参考文献
- 日経ビジネス 1979年8月13日号「敗軍の将兵を語る 川崎千春・京成電鉄会長(上)」
- 日経ビジネス 1986年8月18日号「夢を紡いだ男 高橋政知・オリエンタルランド社長」
- 『東京ディズニーランドを裸にする 夢を売るオリエンタルランド社の新レジャー戦略』(1984年)
事実根拠:出所(オリエンタルランド)