秦逸三
帝人・元社長
社長就任—
生年月日—
学歴—
出自—
経歴1912〜1944年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1912年主要役職の状況(推定含む目安)1944年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 東レザー分工場 米沢人造絹糸製造所 | 1915 | 設立 | ||
| 帝人(旧・帝国人造絹糸) | 1918 | 設立 | |||
| 1938 | 常務取締役 | ||||
| 1944 | 死去 | ||||
| 第二帝国人絹 | 1938 | 取締役社長 | |||
| 研究 | 米沢高等工業学校 | 1912 | 応用化学科 講師(嘱託) | ||
| 1916 | 退任 |
社長就任までの出自
出自
1880年12月に生まれ、東京帝国大学で油脂を専攻した。1908年の卒業後に樟脳専売局の技手となったが、官営化の方針が変わって3カ月足らずで職を失い、翌1909年に神戸税関の鑑査官補へ転じて輸入人絹糸の通関手続きにも携わった。税関勤めに見切りをつけて応用化学を生かせる職を探し、1912年4月に米沢高等工業学校の応用化学科へ講師として赴任した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
執筆予定
在任中の主な施策
施策
執筆予定
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献5件
参考文献
- 帝人の歩み(帝人, 1968)第1章(4)「久村清太から秦逸三へ」
- 帝人の歩み(帝人, 1968)第1章(5)「金子直吉の援助」・(7)「金子直吉,人絹の企業化を決意」
- 帝人の歩み(帝人, 1968)第2章(1)「東工業分工場米沢人造絹糸製造所設立」・(4)「洋行して男泣きした秦逸三」
- 帝人の歩み(帝人, 1968)第3章(1)「帝國人造絹絲株式会社の創立」
- 創立二十周年記念 人絹工業之概観と当社之沿革(帝國人造絹絲, 1938)役員一覧
事実根拠:出所(帝人)