第1章 年〜年

スカパーJSAT:1985年設立の3社と日本初の民間通信衛星

1985年〜商社系の日本通信衛星と宇宙通信の並立、スーパーバード2機の喪失と顧客の移管

1985年3月、三菱商事副社長の皆川広宗氏が、新設の宇宙通信の社長に就任した。宇宙通信は三菱グループの衛星通信会社であり、中継器の提供先は民放やCATV向けの番組供給会社、CNNである。競合の日本通信衛星は、伊藤忠商事・三井物産・米ヒューズ社の3社の出資による設立。1989年7月には伊藤忠商事副社長の中山嘉英氏が日本通信衛星の社長に就任した。1990年5月時点で日本通信衛星は事業の開始直後にあり、出資3社の出向者と直接採用の社員が混在していた。1991年3月時点で、3社目のサテライトジャパンは衛星を発注する前だった。商社がそれぞれ系列の衛星会社を立て、中継器の貸し出しで競う構図が生まれたとみられる。

  • 日経ビジネス 1991年3月11日号(日経BP)
    • [1]1985年3月 宇宙通信設立に伴い三菱商事副社長の皆川広宗が社長に就任
    • [2]宇宙通信は三菱グループの衛星通信会社 顧客は民放・CATV番組供給業者・CNN
    • [6]1991年3月時点 第3の衛星通信会社サテライトジャパンは衛星を未発注
  • 日経ビジネス 1990年5月7日号(日経BP)
    • [3]日本通信衛星は伊藤忠商事・三井物産・米ヒューズの3社出資
    • [4]1989年7月 伊藤忠商事副社長の中山嘉英が日本通信衛星社長に就任
    • [5]1990年5月時点 事業開始直後 出資3社の出向社員と直接雇用の社員の混成

1990年2月、宇宙通信はスーパーバードB号機をアリアン・スペース社のロケットの打ち上げ失敗で失った。同年12月18日、軌道上のA号機で姿勢を制御する電子回路の故障。復旧作業中に燃料の元栓が閉じ、スラスターのバルブが壊れて酸化剤が噴き出した。12月23日の役員会で、社長の皆川広宗氏は全顧客を日本通信衛星の衛星へ移すと決めた。約3000カ所の登録アンテナを向け直し、顧客は28日から日本通信衛星の衛星を使い始めた。1991年1月23日に宇宙通信はA号機を停止し、営業に使える衛星を失った。競合の2度の事故によって、事業を始めたばかりの日本通信衛星に衛星通信の顧客が集まったと推察される。

  • 日経ビジネス 1991年3月11日号(日経BP)
    • [7]1990年2月 スーパーバードBをアリアン・スペースのロケット打ち上げ失敗で喪失
    • [8]1990年12月18日 スーパーバードAの姿勢軌道制御電子回路(AOCE)に故障
    • [9]燃料元栓(ラッチングバルブ)閉鎖でスラスターバルブ破損 酸化剤が噴出
    • [10]12月23日の役員会で顧客全員を日本通信衛星(JCSAT)へ移す決定
    • [11]登録アンテナ3000カ所を再調整 28日からJCSATの衛星使用可能に
    • [12]1991年1月23日 A号機の機能を停止 すべての営業手段を喪失
参考文献[1]-[12]
  • 日経ビジネス 1991年3月11日号(日経BP)
    • [1]1985年3月 宇宙通信設立に伴い三菱商事副社長の皆川広宗が社長に就任
    • [2]宇宙通信は三菱グループの衛星通信会社 顧客は民放・CATV番組供給業者・CNN
    • [6]1991年3月時点 第3の衛星通信会社サテライトジャパンは衛星を未発注
    • [7]1990年2月 スーパーバードBをアリアン・スペースのロケット打ち上げ失敗で喪失
    • [8]1990年12月18日 スーパーバードAの姿勢軌道制御電子回路(AOCE)に故障
    • [9]燃料元栓(ラッチングバルブ)閉鎖でスラスターバルブ破損 酸化剤が噴出
    • [10]12月23日の役員会で顧客全員を日本通信衛星(JCSAT)へ移す決定
    • [11]登録アンテナ3000カ所を再調整 28日からJCSATの衛星使用可能に
    • [12]1991年1月23日 A号機の機能を停止 すべての営業手段を喪失
  • 日経ビジネス 1990年5月7日号(日経BP)
    • [3]日本通信衛星は伊藤忠商事・三井物産・米ヒューズの3社出資
    • [4]1989年7月 伊藤忠商事副社長の中山嘉英が日本通信衛星社長に就任
    • [5]1990年5月時点 事業開始直後 出資3社の出向社員と直接雇用の社員の混成

出典・参考

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出典・参考
  • 日経ビジネス 1990年5月7日号(日経BP)
  • 日経ビジネス 1991年3月11日号(日経BP)

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