滋賀銀行の歴史
沿革
1933年に百卅三銀行と八幡銀行が対等合併して設立されたのが起源。
戦時期に蒲生・湖北・柏原の各銀行を買収して県内の銀行をまとめ、1991年にはニューヨーク支店を開設して海外へ出た。滋賀県を地盤とする地方銀行で、2019年に地銀連合のTSUBASAアライアンスに参加した。
創業期
1933年〜百卅三銀行と八幡銀行の対等合併による設立
- 百卅三銀行と八幡銀行の対等合併により設立[1]
- 京都支店開設[2]
- 蒲生銀行を買収[1]
- 大阪支店開設[2]
- 湖北銀行を買収[1]
- 柏原銀行を買収[1]
- 滋賀貯蓄銀行を合併[1]
- 近江信託を合併[1]
- 東京支店開設[2]
売上高
- 売上高
滋賀銀行売上高—
成長期
1951年〜外国為替業務の開始と大証一部指定替え
- 外国為替業務取扱開始[2]
- 預金全科目のオンライン化が完了[2]
- 大阪証券取引所市場第二部と京都証券取引所に上場[2]
- 大阪証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- しがぎんビジネスサービスを設立[2]
- 海外コルレス業務開始[2]
売上高
- 売上高
滋賀銀行売上高—
成熟期
1983年〜東証一部上場とニューヨーク・香港支店の開設
- 国債窓口販売業務取扱開始[2]
- しがぎん経済文化センターを設立[2]
- 滋賀ディーシーカードを設立[2]
- しがぎんリースを設立[2]
- 債券ディーリング業務取扱開始[2]
- 滋賀柏原代理店を設立[2]
- 担保附社債の受託業務の取扱を開始[2]
- 東京証券取引所市場第一部に上場[2]
- 第三次オンライン勘定系システムが稼動[2]
- ニューヨーク駐在員事務所を開設[2]
- 現本店社屋が完成[2]
- 香港駐在員事務所を開設[2]
- ニューヨーク支店開設[1]
- 香港支店開設[2]
- ニューヨーク支店廃止[1]
- 証券投資信託の窓口販売業務取扱開始[2]
- 「企業格付制度」を開始[2]
- 「環境方針」を制定[2]
- ISO14001認証を取得[2]
- 保険商品の窓口販売業務取扱開始[2]
- 「UNEP金融機関声明」に署名[2]
- 産学連携奨励金「しがぎん野の花賞」を創設[2]
- 上海駐在員事務所を開設[2]
- 滋賀保証サービスを設立[2]
- しがぎん琵琶湖原則を策定、「PLB格付」の取扱を開始[2]
- 事務センターが完成[2]
- 基礎的内部格付手法の金融庁承認を取得[2]
- 「CSR憲章」と「滋賀銀行の行動規範」を制定[2]
- 環境省「エコ・ファースト企業」に認定[2]
- 「生物多様性保全方針」を制定[2]
- バンコク駐在員事務所を開設[2]
- 「しがぎんSDGs宣言」を表明[2]
- TCFD提言への賛同を表明[2]
安定成長期
2019年〜TSUBASAアライアンスへの参加と信託業務の開始
- TSUBASAアライアンスに参加[2]
- 「責任銀行原則(PRB)」に署名[2]
- 信託業務取扱開始[2]
- プライム市場に移行[2]
- サステナブルな社会の実現に向けた投融資方針を制定[2]
- TNFD提言への賛同を表明[2]
- しがぎんエナジーを設立[2]
- 「パーパス」を制定[2]
- しがぎんキャピタルパートナーズを設立[2]
- 「人権方針」を制定[2]
- 池田泉州ホールディングスとの株式交換による経営統合に向け基本合意[3]
- 池田泉州ホールディングスとの経営統合で基本合意