アルバック の歴史

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創業 1952年
創業者 増井明治
創業地 神奈川県茅ヶ崎市
創業
1952年8月、東京都中央区に日本真空技術株式会社が設立された。資本金600万円、目的は各種真空装置の輸入販売で、真空技術を日本の産業に根づかせようとする若手研究者10人が発起人に並んでいる。1955年4月に大森工場で国産装置の製造に着手し、翌1956年11月に東洋精機真空研究所を合併して真空ポンプと真空化学装置の規格品づくりへ移った。1962年には真空材料と真空理工を設立し、材料と計測機器まで自前で揃えている。1963年10月、1929年創立の新生産業に吸収合併されて法人格を入れ替え、社名は日本真空技術のまま続いた。1968年5月に本社と工場を茅ヶ崎市へ移し、2001年7月に商号をアルバックへ改めた。
決断
調達した資本を装置の生産能力へ替え、その資産を市況の谷で損失として計上した。2004年4月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、同年12月の公募増資まで4回の新株発行で資本金と資本準備金が214億円あまり増えた。この資金で半導体・FPD製造装置の生産能力を先に積み増している。資金は富士通ヴィエルエスアイからのFPD設備事業の譲受、台湾の組立会社、愛知工場の新設へ配られ、連結設備投資額は2006年6月期の167億円から翌期321億円へ跳ね上がる。連結売上高は2008年6月期に2,412億円まで伸びたが、液晶パネルメーカーの投資抑制で2012年6月期の受注高は前期比35.5%減まで落ち、創立以来初めての事業構造改革に着手する。当期純損失は499億円、自己資本比率は14.8%となった。
現況
真空という一つの技術で、半導体からディスプレイ、電池、材料までを覆っている。2025年6月期の売上高2,511億円は、装置を売る真空機器事業1,990億円と、材料・部品・保守の真空応用事業521億円で構成された。営業利益265億円、売上高営業利益率10.6%は、工程を絞る装置専業各社の水準に達しない。地域別では中国865億円・日本780億円・韓国314億円・台湾281億円で、海外が69%を占める。希望退職を募って274億円の特別損失を計上した2012年に、顧客の打診からロジック半導体向け装置の開発が始まり、6年後の2018年にメタルハードマスク工程対応装置として実を結んだ。
競合
工程ではなく技術で事業を括ったため、どの最終市場でも首位を取れていない。アルバックは真空を共通の技術として半導体・ディスプレイ・電子部品・電池・材料へ装置と材料を供給し、2025年6月期の売上高営業利益率は10.6%であった。同じ装置専業でも、東京エレクトロンは1974年12月に売上の約6割を占めた消費財輸出から全面的に撤退し、IC製造装置という単一の工程へ資源を集中している。複数の最終市場に分散した構成は、どの市場の谷でも売上を全部は失わない代わりに、どの市場でも価格を決める立場をアルバックに与えなかった。
アルバック:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年6月期2025年6月期

創業ストーリー 真空技術専業の輸入販売から国産化への転換と高度成長期の事業基盤確立 (1952年〜)

「真空」を社名に冠した輸入商社が10年で国産専業メーカーへ

1952年8月、東京都中央区において日本真空技術株式会社が設立された。設立目的は『各種真空装置の輸入販売』で、資本金は600万円の小規模な出発であった[1][2]創業期の日本産業界には半導体・ディスプレイ・電子部品といった現在の真空応用領域はまだ存在せず、真空技術は研究室レベルの応用が主であった。日本真空技術は黎明期の真空装置市場に対し、まず米国・欧州からの装置輸入販売で事業を立ち上げた。社名に『真空』を冠した日本最初の専業メーカーで、この選択が以後70年以上にわたる事業の方向性を定めた。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [1]設立時の資本金は600万円
    • [2]1952年8月 東京都中央区で日本真空技術株式会社を設立(各種真空装置の輸入販売を目的)

設立から3年弱の1955年4月、大森工場を新設して国産装置の製造に着手[3]した。輸入販売から国産設計・製造への転換である。続く1956年11月には株式会社東洋精機真空研究所を合併し[4]、尼崎工場として真空化学装置・真空ポンプの規格品製造を始めた。1961年7月には真空冶金事業を開始[5]、1962年9月に真空材料株式会社、同年10[6]月に熱分析機器メーカー真空理工株式会社を設立し、周辺領域へ事業を広げた。創業10年で、輸入商社から国産化を経て、材料・計測機器までを擁する真空技術専業グループへ発展した。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1955年4月 大森工場を新設し国産装置の製造に着手
    • [4]1956年11月 株式会社東洋精機真空研究所を合併(尼崎工場として真空化学装置・真空ポンプの規格品製造)
    • [5]1961年7月 真空冶金事業を開始
    • [6]1962年9月 真空材料株式会社を設立/1962年10月 真空理工株式会社を設立

1963年10月、創業者個人による経営から[7]、1929年創立の旧会社・新生産業株式会社による吸収合併[8]へと組織を再編した。旧会社が吸収し、合併後の社名は日本真空技術株式会社のまま継続した。戦後復興期の創業企業が、戦前から続く老舗法人格との結合によって財務基盤と組織格の引き上げを図った組織変更であり、創業期の単独経営から戦後復興企業としての形を整えた。1968年5月には本社・横浜工場を神奈川県茅ヶ崎市に移転[9]し、以後現在に至るまで本社所在地は茅ヶ崎市で固定された。東京中央区での創業から首都圏外延部への本拠地集約であり、製造拠点と本社機能の一体化を狙う立地選定だった。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [7]新生産業は1929年創立の旧会社(戦前法人格)
    • [8]1963年10月 1929年創立の新生産業株式会社による吸収合併へ組織再編(合併後の社名は日本真空技術のまま継続)
    • [9]1968年5月 本社及び横浜工場を神奈川県茅ヶ崎市に移転
  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [1]設立時の資本金は600万円
    • [2]1952年8月 東京都中央区で日本真空技術株式会社を設立(各種真空装置の輸入販売を目的)
    • [3]1955年4月 大森工場を新設し国産装置の製造に着手
    • [4]1956年11月 株式会社東洋精機真空研究所を合併(尼崎工場として真空化学装置・真空ポンプの規格品製造)
    • [5]1961年7月 真空冶金事業を開始
    • [6]1962年9月 真空材料株式会社を設立/1962年10月 真空理工株式会社を設立
    • [7]新生産業は1929年創立の旧会社(戦前法人格)
    • [8]1963年10月 1929年創立の新生産業株式会社による吸収合併へ組織再編(合併後の社名は日本真空技術のまま継続)
    • [9]1968年5月 本社及び横浜工場を神奈川県茅ヶ崎市に移転

国産化の次に選んだのは合弁による海外拠点の連続設立

1964年1月、米国Reliance Electric and Engineering Co.と共同出資で日本リライアンス株式会社を設立した[10]。米国企業との合弁開始で、米国の真空技術・電気機器技術を国内に取り込む狙いがある。同年7月には香港万豊有限公司と共同出資でHong Kong ULVAC Co. Ltd.を設立[11]、アジア展開の起点とした。1975年12月には北米現地法人ULVAC North America Corp.を設立[12]、対米輸出の拠点として米国市場での販売・サービス体制を整えた。創業から25年で米国・アジアへの拠点展開を完了した。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1964年1月 米国Reliance Electric and Engineering Co.と共同出資で日本リライアンス株式会社を設立
    • [11]1964年7月 香港万豊有限公司と共同出資でHong Kong ULVAC Co. Ltd.を設立
    • [12]1975年12月 北米現地法人ULVAC North America Corp.を設立(対米輸出の拠点)

1981年10月、米国Helix Technology Corp.と共同出資でアルバック・クライオ株式会社を設立[13]し、クライオポンプ(極低温ポンプ)事業を立ち上げた。1982年1月には台湾にULVAC TAIWAN Co[14]. Ltd.、同年11月には米国The Perkin Elmer社との共同出資でアルバック・ファイ株式会社を設立して計測分析事業を強化した。1982年12月には茨城県つくば市に筑波超材料研究所を設立[15]、1985年3月には核融合臨界プラズマ実験装置『JT-60[16]』の真空排気系を納入し、科学装置への参入を果たした。1987年2月には西独にULVAC GmbHを設立[17]して欧州市場へ進出、同年9月には英文社名をULVAC JAPAN Ltd.に変更してブランドを統一した。創業30〜40年で米国・台湾・欧州への拠点配置を完了し、世界市場での事業展開の素地を整えた。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [13]1981年10月 米国Helix Technology Corp.と共同出資でアルバック・クライオ株式会社を設立(クライオポンプ事業)
    • [14]1982年1月 台湾にULVAC TAIWAN Co. Ltd.を設立/1982年11月 米国The Perkin Elmer社と共同出資でアルバック・ファイ株式会社を設立
    • [15]1982年12月 茨城県つくば市に筑波超材料研究所を設立
    • [16]1985年3月 核融合臨界プラズマ実験装置「JT-60」の真空排気系を納入
    • [17]1987年2月 西独にULVAC GmbHを設立(欧州市場進出)/1987年9月 英文社名をULVAC JAPAN Ltd.に変更
  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1964年1月 米国Reliance Electric and Engineering Co.と共同出資で日本リライアンス株式会社を設立
    • [11]1964年7月 香港万豊有限公司と共同出資でHong Kong ULVAC Co. Ltd.を設立
    • [12]1975年12月 北米現地法人ULVAC North America Corp.を設立(対米輸出の拠点)
    • [13]1981年10月 米国Helix Technology Corp.と共同出資でアルバック・クライオ株式会社を設立(クライオポンプ事業)
    • [14]1982年1月 台湾にULVAC TAIWAN Co. Ltd.を設立/1982年11月 米国The Perkin Elmer社と共同出資でアルバック・ファイ株式会社を設立
    • [15]1982年12月 茨城県つくば市に筑波超材料研究所を設立
    • [16]1985年3月 核融合臨界プラズマ実験装置「JT-60」の真空排気系を納入
    • [17]1987年2月 西独にULVAC GmbHを設立(欧州市場進出)/1987年9月 英文社名をULVAC JAPAN Ltd.に変更

富士裾野工場新設が示す半導体製造装置という別スケールの市場

1990年5月、静岡県裾野市に富士裾野工場を新設[18]した。半導体製造装置の生産体制強化を目的としたもので、創業期からの真空応用領域に半導体製造装置という成長市場を加えた転換点にあたる。1952年の創業から1980年代までのアルバックは、真空ポンプ・真空化学装置・クライオポンプ・計測分析装置・スパッタリングターゲットといった真空応用機器の専業メーカーとして事業を組み立てていた。半導体製造装置は装置単価と顧客あたり投資額が桁違いに大きい市場で、創業期からの応用領域とは異なるスケールの工場機能を必要とした。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [18]1990年5月 静岡県裾野市に富士裾野工場を新設(半導体製造装置の生産体制強化)

富士裾野工場の新設は、半導体製造装置市場の規模感に対応する生産能力の確保を狙ったもので、東京都中央区創業・茅ヶ崎本社の体制に半導体製造装置の専用拠点を加えた。1990年代の日本半導体産業はDRAM市場のピークを通過しつつあったが、ロジック半導体・SoC・ファウンドリ市場の立ち上がりが続き、真空技術を中核プロセスに組み込む成膜・エッチング装置の需要は1990年から2000年にかけて拡大した。富士裾野工場は1995年以降の韓国・台湾・中国向け輸出の生産母基地としても機能し、後年のFY17(2018年6月期)売上高2,492億円・営業利益354億円のピーク水準を支える生産基盤となった。

  • アルバック 有価証券報告書【沿革】
    • [18]1990年5月 静岡県裾野市に富士裾野工場を新設(半導体製造装置の生産体制強化)

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アルバックの沿革1952〜2018年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1952〜1990年真空技術専業の輸入販売から国産化への転換と高度成長期の事業基盤確立日本真空技術を創業★★
大森工場を新設し国産装置の製造に着手
東洋精機真空研究所を合併
真空冶金事業に参入★★
新生産業に吸収合併され日本真空技術に商号変更★★
Reliance Electric and Engineering Co.と共同出資で日本リライアンスを設立
香港万豊有限公司と共同出資でHong Kong ULVAC Co. Ltd.を設立
真空冶金事業部を分離し真空冶金を設立
超材料研究所を新設
ULVAC North America Corp.を設立
Helix Technology Corp.と共同出資でアルバック・クライオを設立
ULVAC TAIWAN Co. Ltd.を設立
The Perkin Elmerと共同出資でアルバック・ファイを設立
西独にULVAC GmbHを設立
英文社名をULVAC JAPAN Ltd.に変更
富士裾野工場を新設
1991〜2010年海外展開の本格化と「アルバック」への商号変更ULVAC KOREA Ltd.を設立
中国寧波で寧波愛発科真空技術有限公司を設立
中村久三シンガポールCSセンター・台湾新竹R&Dセンターを開設
中村久三アルバックに商号変更
中村久三愛発科真空技術(蘇州)有限公司を設立
中村久三東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策

2004年4月20日の東京証券取引所市場第一部上場にあわせて有償一般募集500万株を発行し、同年12月にも400万株の公募増資を行った。4回の新株発行で資本金と資本準備金はあわせて214億円あまり増え、アルバックはその資金を半導体・FPD(フラットパネルディスプレイ)製造装置の生産能力拡張に振り向けた。

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中村久三富士通ヴィエルエスアイより設備事業譲受
諏訪秀則愛知工場を新設
諏訪秀則資本金134億68百万円より208億73百万円に増資
諏訪秀則アルバックマテリアルを吸収合併
2011〜2025年半導体・FPD製造装置の世界市場展開とSiCパワー半導体・EV電池への先行投資諏訪秀則純損失499億円を受けた創立以来初めての事業構造改革と、半導体・中小型パネルへの絞り込み

2012年4月26日、アルバックは国内グループで約700人の希望退職を募集し、中期経営計画を下方修正すると発表した。液晶パネルメーカーの投資抑制で装置受注が急減したことへの対応で、同社が創立以来初めて実行した事業構造改革にあたる。2012年6月期には構造改革費用247億38百万円を含む特別損失274億3百万円を計上し、当期純損失は499億84百万円に達した。

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岩下節生愛発科成膜技術(合肥)有限公司を設立
出典・参考
  • アルバック 有価証券報告書【沿革】

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