青木桂生
経歴1976〜2016年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1976年主要役職の状況(推定含む目安)2016年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 有限会社青木二階堂薬局 | 1976 | 取締役 | ||
| 1981 | 代表取締役 | ||||
| クスリのアオキホールディングス | 1985 | 代表取締役社長 | |||
| 2003 | 代表取締役会長 | ||||
| 2003 | 社長 退任(代表取締役会長へ) | ||||
| 2010 | 取締役会長 | ||||
| 2016 | 取締役会長 | ||||
| 株式会社ツルハ | 2000 | 社外取締役 | |||
| 株式会社ツルハホールディングス | 2005 | 社外取締役 |
創業ストーリー
創業ストーリー
クスリのアオキの前身は、1869年に石川県で創業した薬種商である。昭和に入って父の青木信孝氏が薬剤師免許を取得し、松任市の目抜き通りで「青木二階堂薬局」を営んで、近郊に知られる老舗となった。青木桂生氏は、加賀前田家の本陣を務めた旧家の16代目にあたる。1973年5月に父から松任の駅前店舗を引き継いで独立し、1976年6月には実弟の青木保外志氏を加えて有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営した。
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【沿革】
- [1]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [2]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [4]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- 近代中小企業 28巻1号(1993年1月)
- [3]青木社長の家は加賀前田家の本陣で同氏が16代目。明治2年創業の老舗薬局の跡継ぎだったが、昭和60年に父親から独立してドラッグストアを始めた。健康と美容を軸とした生活関連用品を品揃えし、医薬品で培った販売ノウハウと提案力で「健康・美・衛生」をテーマに営業。日本ではドラッグストアの定義が確立されておらず、青木社長は業種から脱皮して新しい業態を開拓するのが一番の仕事と語った
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【役員の状況】
- [5]青木桂生:1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立取締役、1981年11月 同社代表取締役、1985年1月 株式会社クスリのアオキ設立代表取締役社長、2003年8月 同社代表取締役会長。青木保外志(青木桂生の実弟):1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立監査役、1985年1月 クスリのアオキ設立代表取締役専務、2003年8月 同社代表取締役社長
独立と前後する1975年には薬局の立地の距離制限が撤廃されて同業間の競争が本格化し、小売の立地も商店街から駅前、さらに郊外へと移っていった。青木桂生氏らは従来型の薬局経営には限界があり、ドラッグストアという新しい業態へ進むほかないとの結論に至った。進出に先立って全国の業態と北陸市場の将来性を詳しく調べ、見通しを得ている。
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【沿革】
- [6]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [7]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- 北陸経済研究 1999年6月号(253号)
- [8]ドラッグストア進出にあたり、地域の「健康と美と衛生」を狙い、全国の業態と北陸での市場の将来性を綿密に調査して展望を得た
1985年1月、兄弟は資本金15,000千円で株式会社クスリのアオキを設立し、本社を金沢市泉野出町に置いた。社長には青木桂生氏、専務には青木保外志氏が就任した。家業の有限会社を残したまま、父の店とは別にドラッグストアの事業を始めた形である。翌1986年3月、金沢市に石川県1号店を開業した。売場は「健康・美・衛生」を主題に据え、医薬品の販売で得たノウハウと提案力を、健康と美容まわりの生活関連用品にまで生かした。当時の日本はドラッグストアの定義も固まっておらず、青木桂生氏は業種の枠を出て新しい業態を開拓することを自らの最大の仕事とした。
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【沿革】
- [9]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [12]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【役員の状況】
- [10]青木桂生:1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立取締役、1981年11月 同社代表取締役、1985年1月 株式会社クスリのアオキ設立代表取締役社長、2003年8月 同社代表取締役会長。青木保外志(青木桂生の実弟):1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立監査役、1985年1月 クスリのアオキ設立代表取締役専務、2003年8月 同社代表取締役社長
- 近代中小企業 28巻1号(1993年1月)
- [11]青木社長の家は加賀前田家の本陣で同氏が16代目。明治2年創業の老舗薬局の跡継ぎだったが、昭和60年に父親から独立してドラッグストアを始めた。健康と美容を軸とした生活関連用品を品揃えし、医薬品で培った販売ノウハウと提案力で「健康・美・衛生」をテーマに営業。日本ではドラッグストアの定義が確立されておらず、青木社長は業種から脱皮して新しい業態を開拓するのが一番の仕事と語った
- [13]青木社長の家は加賀前田家の本陣で同氏が16代目。明治2年創業の老舗薬局の跡継ぎだったが、昭和60年に父親から独立してドラッグストアを始めた。健康と美容を軸とした生活関連用品を品揃えし、医薬品で培った販売ノウハウと提案力で「健康・美・衛生」をテーマに営業。日本ではドラッグストアの定義が確立されておらず、青木社長は業種から脱皮して新しい業態を開拓するのが一番の仕事と語った
- [14]青木社長の家は加賀前田家の本陣で同氏が16代目。明治2年創業の老舗薬局の跡継ぎだったが、昭和60年に父親から独立してドラッグストアを始めた。健康と美容を軸とした生活関連用品を品揃えし、医薬品で培った販売ノウハウと提案力で「健康・美・衛生」をテーマに営業。日本ではドラッグストアの定義が確立されておらず、青木社長は業種から脱皮して新しい業態を開拓するのが一番の仕事と語った
店は400坪程度と150坪程度の二つの型に分け、商圏ごとに商品構成と陳列を変えた。青木桂生氏は個人の勘と度胸に頼らない科学的な仕組みづくりを掲げ、1993年初めには3年以内の売上高50億円を目標に、本部体制の強化と物流センターの建設を急いだ。1992年3月に本社を松任市へ移し、1995年9月には同市に本部兼集配センターを新設した。1996年11月には家業の青木二階堂薬局などを合併して5店舗を引き継ぎ、事業を新会社に一本化した。
- 近代中小企業 28巻1号(1993年1月)
- [15]400坪程度と150坪程度の二つの店舗形態に分け、商圏に合わせた商品構成・陳列・顧客サービスを行う。一人の勘と度胸ではなく科学的な仕組みの構築を掲げる。3年以内に売上高50億円を達成するため本部体制を強化し、効率化・標準化を重視して物流センターの建設を急ぐ
- [16]400坪程度と150坪程度の二つの店舗形態に分け、商圏に合わせた商品構成・陳列・顧客サービスを行う。一人の勘と度胸ではなく科学的な仕組みの構築を掲げる。3年以内に売上高50億円を達成するため本部体制を強化し、効率化・標準化を重視して物流センターの建設を急ぐ
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【沿革】
- [17]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [18]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
1997年には富山県と福井県へ1号店を出し、北陸3県に店舗網を広げた。同年12月に北海道のツルハと資本・業務提携を結び、店舗の管理や運営の情報を交換する関係を築いた。1999年時点で全店に調剤スペースを確保して薬剤師を配置し、医薬分業の進展に備える体制をとっていた。2003年1月にイオンと資本・業務提携を結んだのち、同年8月に社長を青木保外志氏へ譲って代表取締役会長に就任した。2006年2月、クスリのアオキは東京証券取引所市場第二部に上場した。
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【沿革】
- [19]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [20]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [23]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- [25]1869年に石川県で創業した薬種商が前身。昭和に入り薬剤師免許を取得した青木信孝(青木桂生・青木保外志の実父)が「青木二階堂薬局」の商号で松任市の目抜き通りで薬局を営み、老舗として近郊に広く知られた。青木桂生は1973年5月に松任市駅前店舗を引き継いで独立し、青木保外志の参画を得て1976年6月に有限会社青木二階堂薬局を設立、ショッピングセンターなどで薬局を経営。1975年の距離制限撤廃による競争の本格化と小売立地の変化(商店街→駅前→郊外)から従来型の薬局経営に限界を認識し、新業態(ドラッグストア)への進出が不可欠と判断。1985年1月にクスリのアオキを設立(資本金15,000千円、代表取締役社長青木桂生、本社 金沢市泉野出町)/1986年3月 石川県1号店を金沢市に出店/1992年3月 本社を松任市へ移転/1995年9月 本部兼集配センターを松任市に新設/1996年11月 株式会社青木二階堂薬局・株式会社草山商事を合併し5店舗を引継ぎ/1997年4月 富山県1号店、同年9月 福井県1号店/1997年12月 ツルハと業務・資本提携/2003年1月 イオンと業務・資本提携/2006年2月 東京証券取引所市場第二部に上場
- 北陸経済研究 1999年6月号(253号)
- [21]1997年12月、北海道の大手ドラッグストアのツルハと店舗管理・運営などの情報交換を目的に資本・業務提携を締結。医薬分業に備え、すべての店舗内に調剤スペースを確保し薬剤師を配置している
- [22]1997年12月、北海道の大手ドラッグストアのツルハと店舗管理・運営などの情報交換を目的に資本・業務提携を締結。医薬分業に備え、すべての店舗内に調剤スペースを確保し薬剤師を配置している
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【役員の状況】
- [24]青木桂生:1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立取締役、1981年11月 同社代表取締役、1985年1月 株式会社クスリのアオキ設立代表取締役社長、2003年8月 同社代表取締役会長。青木保外志(青木桂生の実弟):1976年6月 有限会社青木二階堂薬局設立監査役、1985年1月 クスリのアオキ設立代表取締役専務、2003年8月 同社代表取締役社長
業績貢献
青木桂生氏:在任中の業績貢献
| 決算期 | 在任 | 売上高 | 前期比 | 営業利益率 | ROE | 主な施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992年5月期 | 15億円 | — | — | — | 本社を石川県松任市に移転 | |
| 1993年5月期 | 23億円 | +53.3% | — | — | ||
| 1994年5月期 | 31億円 | +34.8% | — | — | ||
| 1995年5月期 | 42億円 | +35.5% | — | — |
参考文献2件
参考文献
- 国立国会図書館サーチ 書誌「流通トップかく語りき革新 特別編 日本チェーンドラッグストア協会 青木桂生会長」(よみ: アオキ ケイセイ)
- クスリのアオキホールディングス 有価証券報告書(2019年5月期)【役員の状況】
事実根拠:出所(クスリのアオキホールディングス)