第1章 年〜年

テクノ菱和:レイト工業の設立と冷房設備施工の開始

1949年〜中日本重工業の冷凍機を据え付けるレイト工業と、菱和調温工業への改称

1949年12月、創業者の近重八郎氏は名古屋市の瑞穂区熱田東町にレイト工業株式会社を設立した。設立の目的は、中日本重工業(現三菱重工業)が手がける冷凍機器の据付工事を請け負うことにあった。近重八郎氏の回想によれば、当時の三菱はコンプレッサーの製作に取りかかったばかりだった。レイト工業はそのコンプレッサーを用い、食品向けの冷蔵庫やショーケースの工事を請けた。近重八郎氏は戦時中に海軍で技術関係の職にあり、精密加工に恒温室が欠かせないことを知っていた。量産の始まった国産コンプレッサーを据え付ける担い手が地元に乏しかったことが、創業の契機になったとみられる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1949年12月、レイト工業株式会社が名古屋市瑞穂区熱田東町に設立
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [2]創業者近重八郎氏が三菱重工業(当時中日本重工業)の冷凍機器据付工事などのためにレイト工業を設立
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [3]1949年12月、三菱重工業が製作を始めたばかりのコンプレッサーを用い、食品関係の冷蔵庫・ショーケースの冷凍冷蔵工事を目的に名古屋で設立
    • [4]1949年12月、三菱重工業が製作を始めたばかりのコンプレッサーを用い、食品関係の冷蔵庫・ショーケースの冷凍冷蔵工事を目的に名古屋で設立
    • [5]近重八郎氏は戦時中に海軍の技術関係に在職し、恒温室の必要性を理解していた

創業から数年、レイト工業は名古屋地区で生鮮食料品向けのショーケースや冷蔵庫といった小型の冷凍冷蔵装置の据付を主な仕事とした。創業者の近重八郎氏は、食料関連の冷凍・冷蔵設備に当時は需要が多く、小型工事から事業を始めたと振り返った。1951年10月には、名古屋市内での中区南大津通への本社移転。1953年1月、レイト工業は菱和調温工業株式会社へ商号を改めた。新しい商号に冷凍ではなく調温の語を選んだ背景には、温度を整える工事全般へ受注の幅を広げる意図があったと推察される。

  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [6]設立当初は名古屋地区で生鮮食料品のショーケース・冷蔵庫など小型冷凍冷蔵装置の据付工事が主
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [7]創業当初は食料関連の冷凍・冷蔵設備の需要が多く、小型工事から名古屋で始めた
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1951年10月、本社を名古屋市中区南大津通へ移転
    • [9]1953年1月、商号を菱和調温工業株式会社に変更
参考文献[1]-[9]
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1949年12月、レイト工業株式会社が名古屋市瑞穂区熱田東町に設立
    • [8]1951年10月、本社を名古屋市中区南大津通へ移転
    • [9]1953年1月、商号を菱和調温工業株式会社に変更
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [2]創業者近重八郎氏が三菱重工業(当時中日本重工業)の冷凍機器据付工事などのためにレイト工業を設立
    • [6]設立当初は名古屋地区で生鮮食料品のショーケース・冷蔵庫など小型冷凍冷蔵装置の据付工事が主
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [3]1949年12月、三菱重工業が製作を始めたばかりのコンプレッサーを用い、食品関係の冷蔵庫・ショーケースの冷凍冷蔵工事を目的に名古屋で設立
    • [4]1949年12月、三菱重工業が製作を始めたばかりのコンプレッサーを用い、食品関係の冷蔵庫・ショーケースの冷凍冷蔵工事を目的に名古屋で設立
    • [5]近重八郎氏は戦時中に海軍の技術関係に在職し、恒温室の必要性を理解していた
    • [7]創業当初は食料関連の冷凍・冷蔵設備の需要が多く、小型工事から名古屋で始めた

1954年〜建設業者登録で始めた冷房施工と、下水の熱を汲むヒートポンプ、東京営業所

1954年6月、菱和調温工業は建設業法による建設業者の登録(建設大臣(ハ)第3724号)を受け、冷房設備の施工を始めた。そのころの冷房の普及先は、喫茶店や映画館、劇場。菱和調温工業は喫茶店や劇場に加え、比較的大きな一般ビルでも冷暖房工事を請け負うようになった。近重八郎氏は1990年の講演で、冷凍冷蔵に続いて冷暖房空調と給排水衛生の設計・施工へ領域を広げたと説明した。冷凍機の据付で得た技術は冷房の熱源設備に通じるため、需要の広がる冷房への移行は無理のない選択だったのだろう。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1954年6月、建設業法に基づく建設業者登録(建設大臣(ハ)第3724号)を行い冷房設備の施工を開始
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [11]普及し始めた喫茶店・映画館・劇場や比較的規模の大きい一般ビルを対象に冷暖房設備工事を行うようになった
    • [12]普及し始めた喫茶店・映画館・劇場や比較的規模の大きい一般ビルを対象に冷暖房設備工事を行うようになった
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [13]創業後、冷暖房空調設備と給排水衛生設備の設計・施工分野へ進出

1955年5月、菱和調温工業はヒートポンプ方式の冷暖房設備の工事を始めた。ヒートポンプは冬にそのまま暖房へ切り替えられる方式である。近重八郎氏は1990年の講演で、大型冷凍機により下水から熱だけを汲み上げる方式を約30年前に採り入れたと語った。菱和調温工業はその方式の冷暖房を、名古屋市内の映画館を中心に数多く施工した。近重八郎氏によれば、下水熱を使う大型の冷暖房工事を手がけた業者は国内で菱和調温工業だけで、省エネ性と経済性にも優れていた。冷凍機の扱いに通じた技術者を抱えていたことが、冷房と暖房を一体で請け負う差別化要因になったと思われる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1955年5月、ヒートポンプ方式による冷暖房設備の施工を開始
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [15]ヒートポンプ方式は冬にそのまま暖房に使える
    • [16]大型冷凍機で下水から熱を汲み上げるシステムを約30年前に採用し、名古屋市内の多くの映画館等で施工
    • [17]大型冷凍機で下水から熱を汲み上げるシステムを約30年前に採用し、名古屋市内の多くの映画館等で施工
    • [18]同方式の大型工事を施工したのは日本で同社だけで、省エネ的・経済的な方式だった

1956年8月、菱和調温工業の東京営業所の開設。新規上場時の会社紹介は、東京営業所を事業を拡大するための拠点と位置づけている。東京営業所は1958年3月に支店へ昇格し、同じ月に名古屋の本社も中区伊勢山町へ移った。近重八郎氏は、機械工場が稼働して精密部品の加工が始まると、温度を一定に保つ恒温恒湿の工事を受注できるようになったと振り返った。名古屋で冷房の施工実績を重ねたうえで首都圏に拠点を構えたことが、次の時代の産業用空調への足場になったと考えられる。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1956年8月、東京営業所を開設
    • [21]1958年3月、東京営業所を支店に昇格し、本社を名古屋市中区伊勢山町に移転
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [20]事業の拡大を目的として1956年に東京営業所を設置
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [22]機械工場の稼働で精密機械部品の加工が始まると、恒温恒湿等の工事を受注できるようになった
参考文献[10]-[22]
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1954年6月、建設業法に基づく建設業者登録(建設大臣(ハ)第3724号)を行い冷房設備の施工を開始
    • [14]1955年5月、ヒートポンプ方式による冷暖房設備の施工を開始
    • [19]1956年8月、東京営業所を開設
    • [21]1958年3月、東京営業所を支店に昇格し、本社を名古屋市中区伊勢山町に移転
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介
    • [11]普及し始めた喫茶店・映画館・劇場や比較的規模の大きい一般ビルを対象に冷暖房設備工事を行うようになった
    • [12]普及し始めた喫茶店・映画館・劇場や比較的規模の大きい一般ビルを対象に冷暖房設備工事を行うようになった
    • [20]事業の拡大を目的として1956年に東京営業所を設置
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
    • [13]創業後、冷暖房空調設備と給排水衛生設備の設計・施工分野へ進出
    • [15]ヒートポンプ方式は冬にそのまま暖房に使える
    • [16]大型冷凍機で下水から熱を汲み上げるシステムを約30年前に採用し、名古屋市内の多くの映画館等で施工
    • [17]大型冷凍機で下水から熱を汲み上げるシステムを約30年前に採用し、名古屋市内の多くの映画館等で施工
    • [18]同方式の大型工事を施工したのは日本で同社だけで、省エネ的・経済的な方式だった
    • [22]機械工場の稼働で精密機械部品の加工が始まると、恒温恒湿等の工事を受注できるようになった

出典・参考

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出典・参考
  • 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 28(12) 1990年 近重八郎(社長)
  • 証券 49(2) 1997年 新規上場会社紹介

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