鈴木謙三氏は13歳から薬品問屋に勤め、小学校を終えたところで学業を離れた。三男に生まれ、父は教育家、兄弟はいずれも大学へ進んでいる。27歳で勤め先の薬品問屋から独立し、1932年11月13日に名古屋市東区下竪杉町で薬種商"鈴木謙三商店"を創業した。扱う品を薬に決めたのは、世の中の役に立ち、しかも使えばなくなる商品でなければ商売が長続きしないと考えたからである。販路では競争の激しい名古屋市内を避け、鈴木氏は近郊の開業医の開拓に力を注いだ。医師と直接取引する形は、その後も同社の販売の基本として残った。
戦時下の統制のなかで、鈴木謙三商店は闇取引に加わらなかった。アルコールの闇値が200円に達したときも18円で売り、社員は不便を強いられた。戦災では店に掲げていた額が焼け、戦後に武者小路実篤へ"士魂商才"の書を改めて依頼した。鈴木氏は社員に、嘘をつくな、駆け引きをするなと言い続けた。値段そのものは他社に比べて安いわけではなく普通であり、金を儲けようと思ったことはない——鈴木謙三の商いの姿勢である。名古屋市内を避けた販路の取り方は戦争による打撃を比較的小さく抑え、1968年時点の得意先の医師は全国で約2万6000人に達した。
鈴木氏は1946年8月10日、静岡県浜名郡に鈴謙洋行を設立し、初代社長に就任した。医薬品の卸売りを目的とする法人であり、株式は同族が握って資本金を増やさない経営を長く続けた。1947年11月には商号を個人商店と同じ鈴木謙三商店に変更した。翌1948年4月、個人商店"鈴木謙三商店"の営業権を譲り受け、創業から16年続いた個人経営に区切りをつけた。同年10月には本社を静岡から名古屋市東区東片端町へ移し、商いの拠点を創業の地へ戻した。東片端町の住所は、1995年に株式を上場した時点でも本店所在地として記載されている。
鈴木社長は商法の要点を、まず与えることと取引先を大切にすることに置き、購買担当には仕入先を買いたたくなと指示した。利益の取り方も、得意先に儲けてもらい社員に給料を払ったうえで残りを受け取る順序だった。設備の持ち方にも同じ考えを通し、卸は商品を仕入れる以上は借家で商売をしないとして、土地を取得して自社で建物を建てた。ビルを借りて営業所を開設することは避け、建てる際には必要な面積の3倍の土地を買い、3分の1に建物を置いて残りを寝かせている。1968年9月の仮決算では、短期借入金4億3000万円に対して預金は15億7000万円あった。銀行から金を借りる際も、担保を差し入れずに済ませた。
与える相手は得意先と仕入先だけではなかった。鈴木社長は稟議書に目を通さず、適当に処置するよう記したゴム印を押して返し、支店の開設地にも一度も足を運んでいない。1960年代初めには必要な人数の3倍を採用し、1人当たりの販売高は落ち、経費も3倍かかった。採用の目安は薬科大学に入学できる学力に置き、入社後は製薬会社の社員や専門の教員を講師にして薬の知識を学ばせ、海外にも派遣した。賞与は6月に3カ月分、12月に3カ月分、臨時に4カ月分の計10カ月分を支給し、定年で辞めさせた社員はいなかった。
鈴謙洋行は名古屋を出て、1959年5月に東京都世田谷区へ東京支店を開設した。同じ年には山梨県にも営業拠点を開設し、名古屋を軸にした商圏を関東へ広げている。1960年には薬局・薬店向けの薬粧事業を始めた。1961年に国民皆保険制度が導入されたことにより、医療用医薬品の需要は急速に増大した。1962年5月には金沢支店を開設し、あわせて小林薬品の営業権を譲り受けて石川県の得意先を引き継いだ。1964年10月、商号をスズケンに変更した。社章は鈴の字の中に謙の字を収めた形で、若い社員のいたずら書きを鈴木社長がそのまま採った。
1968年初めのスズケンは、武田を除く国内製薬会社のほぼ全ての薬を扱い、年商は170億円に達した。資本金3750万円、支店と出張所は全国40余カ所、従業員は1500人である。1967年3月期の売上高は132億円で、配当は10割だった。営業の範囲は東の東京から西の三重・福井までで、鈴木社長は市場になお余裕があるとみていた。傍系には1953年1月に設立した三和化学研究所があり、製薬はそこで手がけて自社で販売させた。三和化学研究所の営業所は北海道から九州まで17カ所に置かれ、スズケン本体の営業網とは重複しなかった。
医師からの相談が傍系会社を生んだ。セールスマンは薬の商談の場で、病院や医院の建物と設備について相談を受けた。当初は専門業者へ取り次いでいたものの、完成後の苦情は自社に返ってきた。そこで専門の設計士と技術者を集めてスズケン建設を興し、ローンの手続きから病院・医院・薬局の設計施工までを自社で請け負う形に改めた。病院を建てれば医療機械や什器、薬用石鹸や日用品が要るため、これらを扱うスズケン物産やスズケン美化学も同じ経緯で設けている。1968年時点のスズケン事業団は、こうして生まれた会社を含めて十数社を数えた。
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|---|---|---|---|---|
| 1932〜1968年名古屋の薬種商から日本一の薬品総合商社へ、スズケンの36年 | 鈴木謙三が名古屋市東区で薬種商「鈴木謙三商店」を創業 | ★★ | ||
| 鈴木謙三 | 鈴謙洋行を静岡県浜名郡に設立 | ★★ | ||
| 鈴木謙三 | 商号を鈴木謙三商店に変更 | ★ | ||
| 鈴木謙三 | 個人商店「鈴木謙三商店」の営業権を譲受 | ★ | ||
| 鈴木謙三 | 本社を名古屋市東区東片端町に移転 | ★★ | ||
| 鈴木謙三 | 東京都世田谷区に東京支店を開設 | ★ | ||
| 鈴木謙三 | 金沢支店を開設し小林薬品の営業権を譲受 | ★ | ||
| 鈴木謙三 | 商号をスズケンに変更 | ★★ | ||
| 1969〜1989年地域卸の子会社化と医療機器製造・診断薬への参入 | 鈴木謙三 | 愛知ミドリ十字の全株式を取得 | ★ | |
| 鈴木謙三 | スズケン沖縄の株式過半数を取得 | ★ | ||
| 鈴木信次 | 医療機器製造事業を開始 | ★★ | ||
| 別所芳樹 | 診断薬分野に参入 | ★ | ||
| 1990〜2006年三和化学研究所の取得と地方卸との合併、上場と秋山愛生舘合併による全国網 | 別所芳樹 | 三和化学研究所の株式過半数を取得 | ★★★ | |
| 別所芳樹 | 加藤薬品および神弘薬品と合併 | ★★ | ||
| 別所芳樹 | 日本証券業協会に株式を店頭登録 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 東京証券取引所および名古屋証券取引所の市場第二部に上場 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 熊谷薬品の全株式を取得 | ★ | ||
| 別所芳樹 | ドーエーメディックスと合併 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 東京証券取引所および名古屋証券取引所の市場第一部に指定 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 愛知県江南市に江南物流センターを開設 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 秋山愛生舘と合併 | ★★★ | ||
| 別所芳樹 | 札幌証券取引所に上場 | ★ | ||
| 別所芳樹 | ナカノ薬品の株式過半数を取得 | ★ | ||
| 別所芳樹 | オオモリ薬品と合併 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 安藤薬業公司と合併 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 株式交換によりサンキを完全子会社化 | ★★★ | ||
| 別所芳樹 | 株式交換によりアスティスを完全子会社化 | ★ | ||
| 別所芳樹 | 株式交換により沖縄薬品を完全子会社化 | ★ | ||
| 別所芳樹 | メーカー物流受託事業を開始 | ★★ | ||
| 別所芳樹 | 全47都道府県に営業拠点を設置 | ★★ | ||
| 別所芳樹 | 株式交換により翔薬を完全子会社化 | ★ | ||
| 2007〜2026年上海合弁と調剤薬局ファーコス、スペシャリティ医薬品とEPSとの提携 | 太田裕史 | 中国上海市に合弁会社の上海鈴謙滬中医薬有限公司を設立 | ★ | |
| 太田裕史 | 調剤薬局のファーコスの株式過半数を取得 | ★★ | ||
| 太田裕史 | 株式交換により中央運輸を完全子会社化 | ★ | ||
| 太田裕史 | 介護事業のエスケアメイトを設立 | ★ | ||
| 太田裕史 | スペシャリティ医薬品領域の総合支援事業を開始 | ★★ | ||
| 宮田浩美 | EPSホールディングスと資本業務提携 | ★ | ||
| 宮田浩美 | EPファーマラインの株式を取得 | ★ | ||
| 浅野茂 | 東京証券取引所プライム市場および名古屋証券取引所プレミア市場に移行 | ★ | ||
| 浅野茂 | ファーマライズホールディングスの株式を取得 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(スズケン)