ゼビオホールディングス:サンスーツの設立とトップスポーツ並木店の開設
1973年〜いわきの紳士服6店舗で始めたサンスーツと、福島駅前の旧長崎屋ビルの大型店
1973年7月、諸橋廷蔵氏は福島県いわき市にサンスーツを設立し、紳士服の小売をこの新会社に移した。母体は諸橋廷蔵氏が1962年12月に同市で設立したサンキョウで、紳士既製服を月賦で販売する店である。サンスーツは、サンキョウ(いわき)が営む福島県内の6店舗について、営業権と主な資産・負債を譲り受けた。切り出しの背景には、1970年代前半に月賦販売店の世間の評判が悪化したことがあった。店舗などの不動産はサンキョウ(いわき)が持ち続け、1986年8月の吸収合併まで2社が並び立った。月賦販売の印象から離れた新しい商号で小売を続けることが、分社の狙いだったと推察される。
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1973年7月、サンキョウ(いわき)の6店舗の営業権・権利義務・主な資産負債を譲り受けサンスーツを設立
- [3]1973年7月、サンキョウ(いわき)の6店舗の営業権・権利義務・主な資産負債を譲り受けサンスーツを設立
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [2]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
- [4]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
- [5]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
1979年8月、サンスーツは本店をいわき市から郡山市中町へ移し、商号をサンキョウに改めた。郡山への移転はこれが初めてではなく、1974年12月の郡山店の設置にあわせ、営業本部をすでに郡山へ移していた。本部を郡山に置いたのち、1976年からは毎年3,000万〜4,000万円の採用費をかけて大学卒の社員を採り続けた。1979年には電算機を導入し、商品管理と事務管理を機械で処理する体制へ移行。本店移転の理由を示す資料は手元にないが、県の中央に位置し交通の結節点でもある郡山に本部を寄せ、県内の店を見渡せる場所で人と仕組みを整えたとみられる。
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [6]1974年12月に郡山市中町にサンキョウ郡山店を設置し営業本部を移転。1979年8月に本店を郡山市へ移転し商号をサンキョウに変更
- [7]1974年12月に郡山市中町にサンキョウ郡山店を設置し営業本部を移転。1979年8月に本店を郡山市へ移転し商号をサンキョウに変更
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [8]1976年から毎年3,000万〜4,000万円の採用費で大卒者を採用。1979年からコンピューターで商品管理・事務管理
- [9]1976年から毎年3,000万〜4,000万円の採用費で大卒者を採用。1979年からコンピューターで商品管理・事務管理
1979年11月、サンキョウは福島駅の近くにある旧長崎屋ビルを取得し、初の大型店を開店した。ビルは地上7階・地下1階で床面積は5,098㎡あり、ファッションとスポーツを主題に据えた店である。紳士服だけでは広い売場が余るため、スーツなどのビジネス衣料のほか、スポーツの用品・用具と男性向けカジュアル衣料を並べた。1982年3月には、同じ店で婦人服の販売も始めた。紳士服・スポーツ・カジュアルを1か所に収めた複合大型店は、1988年5月時点でも福島駅前の1店だけだった。売場を埋めるために足した品ぞろえが、のちに事業部として分かれるスポーツとカジュアルの出発点になったと考えられる。
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [10]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- [12]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- [13]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [11]1979年11月、旧長崎屋ビル(地下1階・地上7階・床面積5,098㎡)にファッション&スポーツの大型店を開店
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [14]1988年5月時点で全事業部を統合した複合大型店は福島駅前の1店
参考文献[1]-[14]
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1973年7月、サンキョウ(いわき)の6店舗の営業権・権利義務・主な資産負債を譲り受けサンスーツを設立
- [3]1973年7月、サンキョウ(いわき)の6店舗の営業権・権利義務・主な資産負債を譲り受けサンスーツを設立
- [6]1974年12月に郡山市中町にサンキョウ郡山店を設置し営業本部を移転。1979年8月に本店を郡山市へ移転し商号をサンキョウに変更
- [7]1974年12月に郡山市中町にサンキョウ郡山店を設置し営業本部を移転。1979年8月に本店を郡山市へ移転し商号をサンキョウに変更
- [11]1979年11月、旧長崎屋ビル(地下1階・地上7階・床面積5,098㎡)にファッション&スポーツの大型店を開店
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [2]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
- [4]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
- [5]1962年12月に諸橋廷蔵氏がいわき市で紳士既製服の月賦販売のサンキョウを設立。昭和40年代後半に月賦販売店のイメージが悪化し、1973年7月にサンスーツを設立。店舗等はサンキョウ(いわき)が所有し1986年8月に吸収合併
- [10]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- [12]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- [13]1979年11月に福島駅近くの旧長崎屋ビルを買収し初の大型店を開店。フロアを埋めるためスポーツ用品・用具とメンズカジュアルを追加。1982年3月に婦人服の販売を開始
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [8]1976年から毎年3,000万〜4,000万円の採用費で大卒者を採用。1979年からコンピューターで商品管理・事務管理
- [9]1976年から毎年3,000万〜4,000万円の採用費で大卒者を採用。1979年からコンピューターで商品管理・事務管理
- [14]1988年5月時点で全事業部を統合した複合大型店は福島駅前の1店
1980年〜郡山並木に開いた郊外型のトップスポーツと、18店舗への多店舗化
1980年3月、サンキョウはサンキョウ(いわき)の子会社を吸収合併し、福島県の外にも店舗を持った。それでも当時の店舗数は14店止まり。1985年11月には、ファイブスタジオが営んでいた3店舗の営業権と主な資産・負債を譲り受けた。この譲り受けにより、婦人服の販売と飲食業を新たに始めた。他社の店を引き継ぐ方法で店舗網を広げた結果、1988年5月には東北と北関東、信越に店舗を持つ小売チェーンになっていた。ただ自前の出店ではなく合併と営業の譲り受けに依存した拡大では、店の形がそろわず、1店ごとの運営費を下げにくかったと思われる。
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [15]1980年3月にサンキョウ(いわき)の子会社を吸収合併し福島県外へ店舗網を拡大。当時の店舗数は14店
- [16]1980年3月にサンキョウ(いわき)の子会社を吸収合併し福島県外へ店舗網を拡大。当時の店舗数は14店
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [17]1985年11月にファイブスタジオの3店舗の営業権・主な資産負債を譲り受け、婦人服販売と飲食業を開始
- [18]1985年11月にファイブスタジオの3店舗の営業権・主な資産負債を譲り受け、婦人服販売と飲食業を開始
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [19]1988年5月時点で主に北関東・東北・信越地区に店舗を展開
1983年11月、サンキョウは郡山市にトップスポーツ並木店を設置した。この店は郊外型スポーツ店の1号店で、のちのゼビオスポーツにあたる。並木店の設置で、店舗数は18店。それまでのサンキョウの店舗は市街地を中心に置かれていた。並木店からは店舗を標準化し、郊外の立地へ移すことで店舗運営の費用を引き下げた。多店舗展開が本格的に動き出したのは、この並木店の設置からである。社長の諸橋廷蔵氏は1988年5月の講演で、紳士服は人口20万〜30万人以上の都市でなければ営業が成り立ちにくいと説明した。大きな商圏を要する紳士服とは別に、同じ型の郊外店を重ねて出せる業態が必要だったのだろう。
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [20]1983年11月、郊外型スポーツ店トップスポーツ並木店を郡山市に設置
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [21]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [22]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [23]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [24]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [25]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [26]紳士服は人口20万〜30万人以上の大商圏でないと営業が成り立ちにくい
1986年8月、サンキョウは店舗などを所有していたサンキョウ(いわき)を吸収合併した。1973年の分社から13年を経て、店を運営する会社と店を持つ会社が一つになった。同年12月には、男女のカジュアル衣料をそろえる郊外型店の1号として、会津若松市にエブリディを設置した。この新業態には、将来の業容拡大を担う業態を確立する狙いがあった。諸橋廷蔵氏は1988年5月の講演で、この業態は売場300㎡ほどで商圏人口3万〜5万人の地域に合い、大店法の規制を通りやすいと説明した。エブリディは、1987年11月のゼビオへの商号変更と同時にゼビーへ店名を改めた。小さな商圏にも出せる店を得たことが、改称後の出店の加速につながったとうかがえる。
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [27]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [28]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [29]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [30]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [31]ゼビーは店舗約300㎡のミニショップで商圏人口3万〜5万人向け、大店法の規制をクリアしやすい
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [32]1987年11月にゼビオへ商号変更し、エブリディの店名をゼビーへ変更
参考文献[15]-[32]
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号
- [15]1980年3月にサンキョウ(いわき)の子会社を吸収合併し福島県外へ店舗網を拡大。当時の店舗数は14店
- [16]1980年3月にサンキョウ(いわき)の子会社を吸収合併し福島県外へ店舗網を拡大。当時の店舗数は14店
- [21]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [22]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [23]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [24]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [25]1983年11月の郊外型スポーツ店第1号トップスポーツ(現ゼビオスポーツ)郡山並木店から多店舗展開が本格化(店舗数18店)。従前は市街地中心、以後は店舗を標準化し郊外立地で店舗運営コストを低減
- [27]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [28]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [29]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- [30]1986年8月に店舗等を所有するサンキョウ(いわき)を吸収合併。同年12月に郊外型メンズ・レディス複合カジュアル店第1号エブリディ(現ゼビー)会津若松店を設置。将来の業容拡大のため新業態を確立する方針
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [17]1985年11月にファイブスタジオの3店舗の営業権・主な資産負債を譲り受け、婦人服販売と飲食業を開始
- [18]1985年11月にファイブスタジオの3店舗の営業権・主な資産負債を譲り受け、婦人服販売と飲食業を開始
- [20]1983年11月、郊外型スポーツ店トップスポーツ並木店を郡山市に設置
- [32]1987年11月にゼビオへ商号変更し、エブリディの店名をゼビーへ変更
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- [19]1988年5月時点で主に北関東・東北・信越地区に店舗を展開
- [26]紳士服は人口20万〜30万人以上の大商圏でないと営業が成り立ちにくい
- [31]ゼビーは店舗約300㎡のミニショップで商圏人口3万〜5万人向け、大店法の規制をクリアしやすい
出典・参考
3件
- ゼビオホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 26(6) 1988年6月号(諸橋廷蔵 講演要旨)
- 証券 42(7)(496) 1990年7月号